▼ 11
「別れる別れないの話じゃないから、その辺は安心して聞け」
「……ほんとに?」
「本当に」
はっきりと頷いてみせると、九条は布団から起き上がって何故か正座をした。
「じゃあ聞く」
「……」
俺が正座しているからといって、お前までしなくていいんだよ。
「……まぁいい」
「?」
別に構いはしないけど。
向き合ったところで、俺は九条の顔を見る。
「まず」
「うん」
「悪かった」
「え?」
「昨日の夜」
昨日のことを思い出したのか、朝同様九条がぼっと頬を赤くした。いい加減慣れてもいいころだとは思うが、本人にとってはまだどうしようもなく恥ずかしいことらしい。
「お前が今調子悪いのも、俺のせいだろ」
「いや違うから!はしゃいで眠れなかったというのが割とマジな理由で……」
「はしゃいだ理由に俺が入ってるなら、俺のせいでもあるだろ」
「う……」
「悪かった。もうあんなことは二度としない」
「えっやだ」
「やだってお前な……」
「しないって、もうエッチなしってことだろ?そんなのやだ」
お前本当ぶっ飛ばすぞ。自分が何言ってるかわかってんのか。わかってないだろうな。俺はつい目頭を指で押さえた。
「……こういう場ではしないってことだ」
「学校でも?」
「学校では今までも最後までしたことないだろ。というか本題はそっちじゃなくてだな」
「まだ何かあんのかよ」
「今から言うことが俺の話したかったことだ」
「……何だよ」
問いかける九条の声には隠すことのない不安の色が滲んでいる。不安にさせているのは、他でもない俺だ。
「昨日の晩、お前と会う前。ある女子生徒に告白された」
「は?」
「勿論俺は、その子とどうこうするつもりはない。告白も断った」
「……」
「けど」
「け、けど……!?」
「ごめん」
「なにが!?」
俺は正座をしたまま少し頭を下げた。
「優しくした」
「……優しくしたって、その子に?」
「そう」
「先生、その子のこと好きなの」
「違う。好きじゃない。だけど泣いてるその子を冷たくあしらうことはできなかった」
九条の膝の上に置かれた手が、ぎゅっときつく握られたのが見えた。
「……別に、それならいいよ。好きじゃないならいい」
全然よくない。
よくないだろ、お前。
「……で、それが昨日お前を呼び出した理由に係ってくるわけだが」
「どんな風に?」
――本当は言いたくない。言いたくなかったけれど、こんな風にされるくらいなら。
「会いたくなったから」
真っ直ぐな気持ちをぶつけられる痛み。受け止めきれない苦しさ。相手が真剣であれば尚更。
都合のいい言葉を口に出すことはいくらでもできた。泣かないように優しくしてやることもできた。でもそれは彼女の望んでいるものじゃない。そんな中途半端な気持ちなら、あげない方がまだマシだった。
生徒でも、生徒じゃなくても、きっと結果は同じだった。俺はきっと、あの子を好きになりはしない。
でも、九条は。
「俺は」
応えられないはずだった。受け止める気なんてこれっぽっちもないはずだった。なのに。
「俺は多分、最初からお前のことが特別だったよ」
九条と向き合ってからずっと、俺は痛みも苦しさも感じたことがない。
むしろ逆だ。
追いかけられることに心地良さすら覚えていた。そのままずっと、俺の方を向いていればいいと。真っ直ぐにこっちに向かって来ればいいと。
そういう自分に一度気がついてしまったらもう、無視できなくなった。
「我慢しろなんて言ったのは俺の方なのに、我慢がきかなくなったのも俺だった」
腕を伸ばして膝の上に置かれた拳に触れると、九条が顔をあげて俺を見る。
「……?」
その頭の上には疑問符がいくつも浮かんでいて、まぁ確かに無理もないなとおかしくなった。
こいつの頭は今、俺の言葉を結び付けるものを探すのに一生懸命なんだろう。そんなものはこいつの頭の中にはない。俺の頭の中にしかない。
prev / next