DOG | ナノ


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部屋に着くと、いつものごとく一回、二回、一回とわかるように手の甲で戸を叩いた。

「……」

しばし待ってみるものの、反応が無い。眠っていて気づかないのかもしれない。また後で来るかと踵を返そうとすると、静かだった部屋の中から騒がしい音が聞こえた。

「先生……?」

振り返れば、少し髪の乱れた九条が裸足のまま顔を覗かせている。やはり寝ていたようだ。

「悪い、起こしたか」
「ううん。ごろごろしてただけだから」

ごろごろという言葉が妙に似合わないのは、こいつが坊ちゃんだからだろうか。

「見回り行ってたんじゃねーの」
「体調の悪い生徒がいて、連れて帰ってきたところ」
「ふーん……またすぐ出る?」
「お前の様子を見てくるって体で来たから、少しなら時間あるぞ。暫く寒い場所には出て行きたくないしな」
「じゃあ俺の部屋に先生がいても不自然じゃないか」

九条はきょろきょろと廊下を見渡すと、俺の腕を引き部屋の中に引っ張り込んだ。

「……」

不自然じゃない、ね。

あの九条が、俺と一緒にいるための言い訳を考えるようになってきたとは。なんだか随分悪いことを教えてしまったような気がする。

「ちょっとだけなら話とかできるんだろ?」
「ああ」
「布団とか敷いたままだけどいい?あと散らかってるかも」
「気にしない」

九条はそう言ったが、部屋の隅に人数分の荷物が置いてあるだけで、特に散らかっているという風でもなかった。

「別に散らかってないだろ」
「そう?ならいいや」

むしろこんなに綺麗に整頓されているのは珍しい方である。

「先生も座って」

今の今まで寝ていたからか、敷かれた布団のシーツには皺が寄っていた。九条が定位置のようにそこに座って自分の横をぽんぽんと手で叩くので、俺も腰を下ろす。

「お前、寝不足なんだって?」
「ああうん。ちょっと。寝不足のときって頭痛くなんない?」
「寝てろ」
「やだ」
「頭痛いんだろ」
「もうよくなった」
「修学旅行ではしゃいで寝不足なんて、お前本当にガキだな」
「違……わないけど!ガキ扱いすんな!」
「いいから寝てろ。こっちまで調子が悪くなりそうだ」
「わっ」

両手でぐっと肩を押すと、九条の身体は存外簡単にその場に倒れこんだ。

「……」
「……」

意図せず押し倒したような体勢になってしまった。九条がどこか期待を孕んだ視線でこちらを見上げる。

馬鹿め。こんな昼間っからこんな場所でするわけないだろ。勤務中だぞ。昨晩けしかけた俺が言えた義理ではないが。

「……先生さぁ」
「なんだよ」
「こっちまで調子が悪くなるって、心配で?」
「……アホ。自惚れんな」
「いーだろたまには」

九条の腕が首に絡んでくる。いつの間にこんなスムーズな動作を身に着けたんだ、と思いながら引き寄せられるがままに身をかがめようとして、やっぱり思いとどまる。

「駄目だ」
「……鍵なら閉めたけど」

そういう問題じゃねぇよ。だからお前はそんなに悪いことばかり覚えるな。

「ちょっと一旦腕離せ」
「……」

渋々といった様子で腕が解かれる。

「あー……なんだ。その……」

俺はその場に座り直した。正座で。そんな俺を九条が不思議そうに見ている。

「話しておかないといけないことがある」
「……やだ」

やだって何だよ。

「まだ何も言ってない」
「どうせまた嫌なこと言うんだろ」
「嫌なことっていうか……まぁお前にとっちゃ嫌なことなのかもしれんが」
「聞かない」
「聞け」
「いやだね!」

こいつ……。

こめかみの辺りがぴくりと引き攣るのがわかった。今怒っては駄目だ。話がまた逸れてしまう。自分を宥めながらもう一度口を開く。

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