DOG | ナノ


▼ 08

四日目は昨日に引き続き、班単位での自由行動になっている。俺はその間、生徒たちの探索コースの見回りをしなければならない。これがなかなか重労働である。

「……寒」

冬の京都は寒い。わかっていたことではあるが、こうして一日外に出っぱなしとなると、身体が冷えて仕方ない。手にした缶コーヒーもすぐに熱が冷めてしまう。

子どもも飲めるような、アルコール分のない甘酒くらいは飲んでもいいだろうか。立ち並ぶ店のメニューに視線を走らせながら歩いていると、前から生徒たちのグループがやってくるのを見つけた。

「藤城先生だ」

向こうもこちらを見て駆け寄ってくる。俺は甘酒を諦めることにして、愛想笑いで彼らを迎えた。

「おー、ちゃんと全員揃って行動してるな」
「俺あんみつ食べたいです。奢ってください」
「奢らない。俺よりお小遣いもらってるくせにたかるなよ」

ふと、班員の中に昨晩の女子がいることに気が付く。俺が視線を合わせると、慌てて小さく頭を下げてきた。が、その顔が妙に白いのは気のせいではないはずだ。

「おい、大丈夫か。顔色が悪いけど、体調悪いんじゃないのか」
「えっ」

俺が声をかけたことに驚いたのか、弾かれたように顔を上げる。やはり白い。白いというか、青白い。

「本当だ……!大丈夫?」

俺の言葉に別の女子が驚いた声を出した。

「だ、大丈夫だよ。これくらいなんとも」

大袈裟にしたくない、と思っているのだろう。彼女は顔色を窺う友人たちから、視線を背けるようにまた俯いた。そんな生白い顔をして、大丈夫なわけあるか。

「一緒に一旦本部に戻ろう」
「でも」
「皆は予定通り、残りのコースを回りなさい」

こっちに来いと手招きをしながら、旅館に待機している本部に連絡を入れるために携帯を取り出す。

「ごめんね、気づかなくて」
「ううん。私の方こそ、折角の旅行なのにごめんね」
「気を付けて帰ってね。また夜話そう」
「うん」

他の班員たちは名残惜しそうに何度かこちらを振り返ったが、指示通り元のコースに戻っていった。その背中を見送りながら本部の番号を呼び出す。

「もしもし、藤城です。お疲れ様です」

数回のコールの後、電話が繋がる。

『……あら、どうしたんですか』

お前かよ。

電話に出たのは中津川だった。

俺が寒い中歩き回ってるときにぬくぬくと室内で過ごしやがって。一番に浮かんできたのはそんな苛立ち混じりの思いだったが、それを抑えて要件を告げる。

「今から一人女生徒を連れて帰ります。体調が悪いみたいなので、休める部屋を用意しておいてもらえませんか」
『時間はどれくらいかかりそうですか?』
「そうですね……歩くと少し遠いので、タクシーで帰ります。15分くらいだと思います」
『わかりました。準備しておきます』
「えぇ、お願いします」

あぁそういえば、と中津川が言う。

『九条くんも帰って来ていますよ』
「え?」
『では』
「ちょっ……」

それきり電話は切れてしまった。人の声を無視しやがってあのクソアマ。

九条も帰ってきている、って言ったか。決して丈夫な奴ではないが、まさか昨日の夜のことが関係しているのだろうか。

「先生?どうかしたんですか?」

通話済を示す携帯の画面をしかめっ面で見ていると、女生徒が心配そうに様子を窺ってくる。

「あぁ、悪い。何でもない。タクシーで帰るけど、車酔いとか大丈夫か」
「大丈夫です。すみません、ご迷惑を……」
「迷惑でもなんでもないよ。それが俺の仕事なんだから、遠慮なんかするな」
「……はい」
「通りに出よう。歩けるか?」
「はい」

少し歩いてから大きな通りに出れば、すぐにタクシーは掴まった。二人で後部座席に乗り込みながら、運転手に旅館の名前を伝える。

「大丈夫か」

隣に座る女生徒の顔は、やはり不自然に白い。ハンカチで口元を押さえているところをみると、余程辛いのだろう。車酔いはしないと言っていたが、この状態での車の揺れは決して良い影響とは言えないだろう。

「吐きそうなら早めに言えよ」

俺の言葉に、運転手がバックミラー越しにこちらを見たのがわかった。心配しなくても車を汚しはしないから安心しろ。

「……先生」
「ん?」

か細い声に耳を近づけると、彼女が言う。

「手、握ってもらえませんか」

――手を?

「……」

少し戸惑う素振りを見せた俺に、彼女は力なく笑った。

「すみません、やっぱりいいです。ごめんなさい、変なこと言って」

それは、彼女なりの精一杯の勇気だった。

「……すまん」
「謝らないでください」

その笑みがあまりに痛々しく見えて、俺はつい口を滑らせる。

「……寄りかかっていいから」
「え」
「辛いなら、俺に寄りかかってろ」

女生徒は暫く迷っているようだったが、やがて静かに俺の方に頭を凭れかからせてきた。

中途半端に優しくするのは逆効果だとはわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。今にも泣き出しそうなその顔を見ていたくなかった。泣かせてしまうのが怖かった。

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