▼ 06
「お前、またイったの」
俺の問いかけに、ただでさえ赤かった九条の肌がさらに色を濃くする。
「ちがう、これは……っんぐ」
「だからうるせぇって」
後ろから口を手のひらで覆うと、今自分が置かれている状況を思い出したのか大人しくなった。そう。それでいい。騒ぐな。
「そんなに気持ち良かった?」
「……っ」
耳元に唇をくっつけて囁く。質問の答えは期待しているわけじゃない。返事なんてわかりきっている。
「せんせぇ……」
手のひらの下、九条が俺を呼ぶ。
「先生、好き、大好き、全部好き……」
俺が出した「二つめの条件」をまだ律儀に果たそうとしているらしい。うわ言のように同じ言葉を繰り返す九条に、俺は返事をしなかった。
否、できなかった。
「あぁん……ッ!」
思いっきり腰を引いて、奥まで一気にねじ込む。音が立たないよう激しく動くことはしなかったが、先程よりも大きなピストンにまたドアが揺れた。
「ん……っ、んっ、んっ……んっ」
身体を支えるために体重をそこに預けているのだろう。気になって集中できない。
「ドア、凭れんな」
「むりぃ、むり、立ってられな……っ」
仕方ない。もうとっとと終わらせてしまおう。その口を手で塞ぎなおし、すっかり覚えてしまったいいところを抉るように突き上げる。
「ふ……っん゛、んぐ、んっ、んっ、んんっ、……っ」
九条は小さく首を横に振ってくぐもった声をあげた。不規則に蠢く中の襞が吸い付いてきて、抜き差しする度に丁度いい具合に刺激してくる。こんなの、気持ちよくないわけがない。
「……ッ」
突然手のひらを生暖かいものが這う感触がして、俺はびくりと身を強張らせた。すぐにそれが九条の舌だということに気がついて舌打ちをする。
「お前な……」
「ん、ふ……っ、ふ、……っ」
舌が指と指の隙間を余すことなく舐め続ける。唾液で濡れたそこに九条の熱い息がかかって、そんなことで興奮する自分に少し嫌気が差した。
「変なこと、覚えてくるな、よ……っ」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
息を詰めてぱちゅんっと一度腰を叩きつけると、九条はもはや声も出さずにまたイった。
「くそ……っあぁ、もう……」
途端に締め付けを増す内側から慌てて性器を引き抜く。
「……っ」
引き抜くと同時に自分の手で扱く間もなく射精した。勢いよく飛び出した精液が目の前の白い肌に斑点をつくっていく。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「おい」
ずるずるとその場に崩れ落ちようとするので、急いで腕を掴んで持ち上げた。ここトイレだぞ。
「ちゃんと立て」
「む、むり、力、入んねぇ……」
見れば、生まれたての小鹿のように脚ががくがくと震えている。
「そのまましゃがむと俺ので服汚れる」
「あ……?」
「尻。かけた」
「へっ!?」
「あー、垂れるから動くな。拭いてやる」
トイレットペーパーを手に取り拭きとってやると、九条はその間もずっとぶるぶる震えていた。
「なに震えてんだ」
「だっ、だって、先生、かけたってことは」
「ごにょごにょ言うな鬱陶しい」
ゴム、してなかったの。九条が言う。
「……それについては謝罪する。悪かった」
するつもりなんてこれっぽっちもなかったんだから、準備なんてなくて当然だった。
「あっ、いや、別に怒ってるわけじゃねぇから!!むしろなんかいつもより気持ち良かったから納得っていうか……」
「は?」
「か、かけられたのもなんか嬉しいっていうか、先生も気持ちよくなってくれたんだなって実感できたっていうか」
「……それ以上喋るな」
「むぐっ」
どうしてこう恥ずかしげもなく次々と爆弾を投下していくんだ。頼むからそれを聞く俺の身にもなってくれ。
溜息を吐く俺に、九条は不思議そうな顔をした。こいつの顔を見ていると、細かいことはどうでもよくなってしまう。これも一種の才能だと思う。毒気を抜かれるってこういうことだ。
「体調が悪くなったらすぐ言えよ」
「う、うん」
「俺が先に出てさっきの清掃中の看板も片付けておくから、お前はしばらく経ってから出て来い」
「わかった」
「あとその顔ちゃんと直してから部屋戻れよ」
「顔?」
ぺちりと手の甲で軽く頬を叩くと、九条は小さく目を閉じた。
「セックスしました、って書いてある」
「え!?」
「気持ち良かったのはわかるけど、そんな顔人に見せるな」
「えぇ!?」
慌てる九条の額に一つ口付ける。
折角風呂に入っただろうに、汗の味がした。
「ちゃんとシャワーでも浴びて寝ろよ」
「……汗くさいかな」
くんと自分の匂いを嗅ぐ九条に、俺は言う。
「また明日」
その瞬間、九条はぱっと花が咲いたように表情を明るくさせた。
「また明日!」
――その顔が見たかった。
なんて、俺は一体どこまで甘くなるつもりなんだろうか。
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