花京院と喧嘩する話
喧嘩なんて、ロクな理由からは始まらないのだ、と思う。
まぁそれは得てして外から見たら、って話で、怒っている本人(この場合は僕だ)にしたら結構な大問題なのだけれど。
「……どうして消したんだ」
「……だって……付けっ放しだったから……」
セーブポイントまで進めずにレベルアップしていたゲームを置いて中座した僕がいけなかったといえばそうかもしれないけど、だからって数時間(こうなってしまった今では考えたくもない)の苦労が水泡に帰したことを笑って許せるほど大人でもない。
「だからってひどいじゃあないか!」
「……ごめんなさい」
語気を荒げるなんてことはしたくないけれど、だからと言って許せるはずもなく、行き場のないモヤモヤが余計に僕を苛立たせた。
「謝られたって戻るわけじゃあないんだ」
「……ごめんなさい……でも、ダメなら一言くらい言ってくれたら、」
「そんなの、そもそも人の物を触るのが間違ってるだろう!?」
「……う、」
「……もういい」
少し頭を冷やしたい、と溜息を吐くと、花京院くん、と泣きそうな声が鼓膜を揺すった。泣きたいのはこっちだよ。
「……ごめんなさい……」
「だから謝られたって戻らないって言ってるだろ! わからんやつだなッ!」
僕が声を荒げると、ななこは口元を押さえてその場を逃げ出した。しまった、と思っても後の祭りで、僕は消えたゲームと閉じてしまったドアを交互に見ながら、胸のモヤモヤを吐き出すべく盛大な溜息を吐いた。まぁ、ちっとも晴れやしないのだけれど。
少し冷静になろう、と再びゲームをつけたけれど、上げたはずのレベルがすっかり戻っているのを見たらまたげんなりした。ななこが電源を切ったせいで、とまた不毛な怒りが湧いてきて、冷静になるどころの話じゃあなかった。レベル上げか苦なわけじゃあないけれど、この状況はどうしたって溜息が出る。ななこに消されたところまでレベルを上げる頃には、時計は深夜を回っていた。
*****
眠い目を擦りながら学校に行くと、いつもならいの一番に寄ってくるはずのななこは来なかった。彼女は僕をちらりと見ては泣きそうな顔をするばかりで、何度もそうされているとまるで僕がわるいんじゃあないかなんて罪悪感が頭をもたげる。彼女が悪いんだから気に病むことなんかない、と何度繰り返してみても心のモヤモヤは膨らむばかりで、そうこうしているうちに1日は過ぎ、結局一言も言葉を交わさないまま。
相談しようにも僕には承太郎くらいしかこんなことを話せる人間はいないし、彼に言ったところで「話しゃいいじゃあねーか」と一蹴されるのは目に見えている。エジプトでいちばん頼りになったはずの僕の分身はこんな時にも言葉一つ返さない。
僕も彼女も、お互いを気にしているらしい。放課後教室で二人っきりになるまで、どちらも席を立たなかった。どうやって話しかけよう、と、きっとななこも思っているんだろう。手元に開かれた本は、さっきからずっと同じページのまま止まっている。
しばらくして、どうしようもないと思ったのか、視界の端で見慣れた姿が立ち上がる。一言も話さずに帰られてしまうのは嫌で思わず顔を向けると、ななこも僕を窺っていたらしい。びくりと身体が跳ねる彼女は、困ったみたいな何か言いたいみたいな顔で僕を見た。
「……ななこ、」
躊躇いがちに名前を呼べば、視線が二、三度彷徨って僕を捉えた。ななこが僕を見つめただけで、不安と怒りが薄らいだ気がして苦笑してしまう。僕はこんなに単純な男だっただろうか。
「……花京院くん……」
ごめん、とちいさな声が鼓膜を揺らすと、また怒りが薄らぐ。ああもうこれじゃあ喧嘩にならないじゃあないか。僕は怒っているっていうのに。
「……僕も言い過ぎたよ」
苦笑混じりにそう返せば、ななこは安心したように僕を見つめて、「許してくれるの?」と小首を傾げた。そんなことをされたら許さないわけにはいかないと、まだ知られたら困る。
「……ななこが、キスしてくれたら。許してあげてもいいよ」
何もなく許すのもなんだか癪だから、そんなことを言ってみた。普段のななこを思えば、教室では嫌だ、家まで待って、と言いそうなもんだけど。
「……ここ、で?」
ななこはそっと僕に近付いた。「ここじゃあ嫌だよ」なんて言葉を当然のように期待した僕は、まさかななこの唇が僕の頬にぶつかるなんて思ってなくて。
「……ッな、……っ!?」
「……花京院くん、これで……ゆるして、くれる、?」
顔を真っ赤にする僕に、ななこはひどく殊勝な態度でそう告げて、それから恥ずかしげに顔を伏せると、「やっぱりくちびるじゃなきゃあダメ?」と呟いた。
「……ッ、……」
だめだよ、と言ったらキスをしてくれるんだろうか。でももう、怒りなんてどこにも残ってない。
20180503
prev next
bkm