「○○って地固まる」の続き。
また、と言ったものの、なかなか誘う術もない。そもそも世界が違うんだもん。
億泰くんは、なんていうか目立つ方の人だ。見た目は不良だけど、性格はさっぱりしてて、人懐っこくて愛らしい。東方くんや広瀬くんと一緒にいると、とても人目を惹く。
だから、私なんかが話しかける隙なんてなくて、結局またいつも通りの「お隣さん」に戻ってしまった。今日もまた、きっとお喋りすることなんてないんだろう。
「なぁななこよォー、」
「あっ、え、なに?」
そう思っていたんだけど、ホームルームが終わるなり不意に声を掛けられてびっくりする。億泰くんはなんだかイタズラを思い付いた子供みたいな顔で「知ってるか?」とこちらに身を乗り出した。
「ドゥマゴで期間限定のイチゴフェアが始まったらしいぜェ〜」
幸せそうな顔してそんなことを言ってくるのがなんだか可愛くって、こっちまで頬が緩んでしまう。そうなんだ、なんて当たり障りない返事しかできないのが申し訳ないと思うんだけど、上手く会話が広げられない。
「……そんでよォ」
億泰くんはちょっぴり声を抑えて、何か大切な話をするみたいに私の方に身体を向けた。
彼の唇が「一緒に行かねーか?」と紡ぐのを見て、思わず瞬きを繰り返す。毎日東方くんと帰っているみたいだけど、それはいいのかな。
「えっ、」
「……迷惑か?」
そんなことないよ! と言えば億泰くんは嬉しそうに笑って「そんじゃ行こーぜ」とカバンを引っ掴んで立ち上がった。まだみんないる教室で、彼の後に続くのは結構勇気が必要な気がする。私が怯んでいると億泰くんは、ホラななこ、と手招きした。その大きな声にクラスの何人かが不思議そうな視線を向けるもんだから、私は慌てて彼の後に続いた。なんでななこが虹村と、なんて声が後ろ髪を引く。そりゃあそうだ。どう見たって、なんていうか世界が違うもの。
「……あの、なんで」
「約束したろ? 今日は俺がオゴるぜ」
なんでもないことみたいにそう言って、億泰くんはいそいそと歩いていく。軽い足取りはきっといちごパフェが楽しみなんだろうなと思うとなんだか可愛い。
「……東方くんは、いいの?」
「? なんで仗助がここに出てくんだよ」
不思議そうな顔で振り向くから、「いつも一緒に帰ってるから」と返す。億泰くんはそれを聞くと「よく知ってんなぁ」なんて間延びした声を返して、それから「仗助は応援してくれてっから」と言った。
「……おうえん?」
カフェに行くのになんで、と思ったけど、私の言葉を聞いた億泰くんは慌てて「なっ、なんでもねーよ!」とそっぽを向いた。その首筋はわずかに赤い気がして、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。もしかして、なんて、馬鹿みたいな考えが頭を過って、そんなわけないと慌てて首を振った。
「いこーぜ! なに食う?」
億泰くんは早々に靴を履いて、にこにこと楽しそうに私を待っていた。「何があるかなぁ?」なんて言いながら側に駆け寄れば、パフェとケーキとパンケーキと、あとなんかあったっけな、なんて指折り数えてくれる。メニューもチェック済みなんて余程楽しみなんだろうか。甘いものが好きなんて意外な一面を知ることができたのが私のお腹が鳴ったせいだと思うと恥ずかしいけど、こうして気軽に話せるようになったんだからいいかな、なんて私も随分とゲンキンだ。
「じゃあやっぱりパフェがいいかな」
「俺も気になってたんだよなァ、ケーキも捨てがたいけど」
これが女の子なら、わけっこしようって言うところだけど、流石に億泰くんには言えなくて、私は「どっちも気になるよね」と曖昧に笑った。二人で話をしながらドゥマゴについた。メニューを目の前にしても億泰くんは決めかねているらしく、写真を眺めては溜息を吐いている。
「……そんなに悩むならどっちも食べたら?」
「うーん……でもなぁー……」
「じゃあ、また来るとか、」
「……ななこが一緒に来てくれんのか?」
「えっ? うん、億泰くんが良ければ」
私の言葉を聞いた億泰くんは大喜びで、じゃあ今日はななこと同じもんにしよう、とあっさり言い放ち、店員さんを呼んだ。そうして注文を終えると、またメニューを私に向けて差し出した。
「今月いっぱいだとよ。……次、いつがいい?」
「……あ、わたしはいつでも……」
まるでデートの約束みたいだ、と思う。億泰くんは迷惑かもしれないから言えないけど。
「おめーそんなこと言ってっと明日また誘うかんな」
「それは流石に早すぎない?」
思わずそう言って笑うと、億泰くんは「いつでもいいって言ったろ」と返した。
「確かにそうだけど、でもそんなに甘いものばっか食べてたら太っちゃうよ。」
そう頬を膨らませば、彼は「なんだよ気にしてんのか?」と目を丸くし、気にすることねーのに、女っつーのは大変だよなぁ、と大袈裟に溜息をついた。
「億泰くんは気にしないの?」
「しねーなぁ。……俺は、ななこだったらどんなんだって可愛いと思うぜェ」
「……あ、……りがと、」
のんきに笑ってるけどだいぶ爆弾発言だと思う。なんて返したらいいのかわからなくて尻窄みな謝辞を述べると、億泰くんは困ったように頭を掻いて「あのよォ、おれ、」と唇を開いた。
「……ななこのこと、好きになっちまって、」
だから、迷惑じゃあなければ、と言いかけたところでパフェが二つ届いた。目の前に出されたイチゴの山よりも、億泰くんの言葉の方が気になって仕方ない。
「……あの、」
「わっ、悪ィ! 気にしねーでくれていいから! 食おうぜ」
慌ただしくスプーンを取った億泰くんに言葉を掛けるタイミングを逸してしまったのだけれど、今言わなかったらこのままずっと言えない気がして、イチゴを頬張る彼に向かって言葉を紡いだ。
「私も、……億泰くんのこと、好き」
20180405
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bkm