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テーマ「推しとの恋」
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うつすうつつ。

風邪引きななこさんを看病する承太郎




「…はぁ、」

吐き出した息はひどく重いような気がした。纏わりつくような空気を入れ替えてほしいけれど、身体は言うことを聞かない。

家族のありがたみを痛感するよなぁ…と考えてみたところで、誰も助けになど来てくれない。なぜならばここは実家から遠く離れた大学近くのアパートだから。まだ寮なら良かったのに、と憧れの一人暮らしを選んだ自分を少しだけ後悔した。
汗でべたべたの身体は不快だし、喉は渇いているし頭は熱い。けれど身体は重くて動けそうにない。眠って起きたら少しは楽になるだろうかと、僅かな期待を込めて瞼を下ろす。瞼の下、真っ暗なはずの視界は、熱のせいかぐるぐると揺れているような気がする。渦に吸い込まれるように、深く深く沈んだ。

*****

「…ぅん…、」

ひやり、と額に冷たい感触がして、緩やかに意識が浮上する。 薄く目を開けると見知った顔が心配そうにこちらを見ていた。

「…起きたか。」

耳触りのいい声が鼓膜を揺らした。あぁ素敵な夢だなぁ、と私は髪を撫でる手の心地よさに意識を預け、再び微睡みに落ちる。

鍵の掛かった部屋に、まさか入れる訳がない。だからこれは、夢に違いないのだ。
随分と都合のいい夢だなと思う。普段はあまり感情を出さないクールな承太郎が、心配そうに眉を歪めていた。そうして大きな手で髪を撫で、頬を撫で、額に唇を落としている。くすぐったくて身動ぎすれば、布団が掛け直された。

「…じょー…たろ…」

掠れる声で名前を呼べば、聞き慣れた低い声が返事をする。「何かしてほしいことはあるか、」なんて、ホント都合のいい夢。

「…きがえ、したい…」

どうせ夢だし、思いっきり甘えることにした。何よりもまず、この汗でべたつくパジャマをなんとかして欲しい。一番なんとかして欲しいのはこの辛さだけど、いくら夢だってそこまで都合のいいことはできないだろうから。

「…どこにある。」

夢ならそれくらいポンと出てきてくれてもいいのに、もう…と瞼を上げたところで、目の前の承太郎は本物なんじゃないか、と思い至る。ぼーっと見つめていると、「勝手に探していいのか?」と言葉を掛けられた。

「…承太郎?」

「なんだ。」

「…ゆめ…?」

「夢なんかじゃあねえぜ。」

安心しろ、と握られた手はひんやりと冷たくて、しっかりと力強い。承太郎が本物だと気付いたことで、私の意識は急に現実味を帯びていく。

「…え、承太郎、なんで?」

「そんなことより着替えはどこだ。」

「いや、そんなことって…鍵、掛かってた…」

「着替えは。」

「…そこの引き出しの二段目、です…」

有無を言わせぬ調子に思わず答えると、彼は狭い部屋の端にさっさと歩いて引き出しを開けた。雑に引きずり出される服を視界の端に捉えて、頬が熱くなる。
下着とパジャマは同じ段にすべきじゃなかった。慣れた手付きで身体の奥を探られるより今の方がずっと恥ずかしい。こんなことなら古い下着は処分しておけば良かったと思う。捨てるタイミングを図りつつも洗濯後そのまま畳んでタンスに仕舞っていたものが割と沢山あることを後悔する。会う時には流石に履かないしいいかなぁなんて貧乏性な自分を恨んだ。
無造作に布をつかんだその手元に、思わず声を上げる。パジャマだけだと思っていたのに、承太郎の手には、彼にはおおよそ似つかわしくない可愛らしいレースが握られている。しかもよりによって捨てようと思っていたやつ。

「…下着は、ッ…」

「…着替えだろ。病人は黙っとけ。」

ベッドの上にそれらを放り投げ、承太郎は部屋を出る。ドアが閉まって少しすると、ガチャガチャという音と共に小さな水音が聞こえた。しばらくして戻ってきた承太郎の手には、水の入ったコップと洗面器。

「…タオルは。」

「…一番上。」

ベッドサイドに洗面器を置いた承太郎は、再び引き出しを開けた。タオルを一枚出すと、戻ってきて洗面器に沈める。ちゃぷ、とこの場に似つかわしくない水音が鼓膜を揺らした。

「…起きられるか。」

そう言うと承太郎は私を抱き起こし、パジャマのボタンを外していく。恥ずかしくて抵抗を試みたけれど、その大きな手からは逃れられるはずもない。

「…暴れるんじゃあねえ。別に今更だし、病人には何もしやしねえよ。」

あっさりと下着も取り払われて、露わになった素肌にタオルが当てられる。温かなタオルと承太郎の手によって、汗でベタついていた身体が滑らかさを取り戻す。気持ち良くて吐息を零せば、心配そうな声が掛けられた。

「…大丈夫か。」

「…ん、気持ちいい…ありがと。」

新しいパジャマに袖を通すと、気分がすっきりして心なしか具合も良くなったような気がする。不意にズボンに手を掛けられ、慌てて承太郎の手を押さえた。

「…ちょ、じょ、たろ…!」

「…なんだ、ななこ。」

拭いてやるから手を離せ、と言われたけれど、離せる訳がない。承太郎の手はパンツにも掛かっていて、このまま下ろされたら大事件だ。そもそも下半身ならタオルさえもらえれば自分でできる。

「自分で、ッ、できる…!はずかしいから、や、…」

「言ってる場合かよ。」

「や、あ、…やだっ…」

「…わーったよ。」

承太郎はしぶしぶ私から手を離し、まるで俺が襲ってるみてーじゃあねえか。と呟いた。

「…ごめん…でも、ホントひとりでできる…から…」

「…ならさっさとしろ。」

承太郎は意地悪く頬を持ち上げた。意趣返しのつもりだろうか、部屋を出る気はないらしい。諦めてなるべく承太郎を視界に入れないようにしながら、緩慢な動作で服を脱いでいく。ぱさりとベットサイドに服を落とすと、承太郎が絞ったタオルを渡してくれる。足先まで丁寧に拭いたところで、新しい下着とパジャマも。なんだか昔絵本で見たお姫様のようだなと頬が緩む。

「…ありがとう承太郎。」

「やれやれだぜ。」

礼はいいからさっさと治せ、と髪を撫でてくれるから、嬉しくて思わずその首筋に抱きついた。

「…ね、承太郎。」

「…どうした。」

私の背を支える承太郎の手は、優しくて力強い。彼がひどく優しいから、風邪も悪くないかななんて思う私は、現金すぎるだろうか。

「…風邪が治ったら、キスしてくれる?」

耳元でそう囁くと、勢い良く肩を掴まれ身体を離された。驚いて息を飲む私の呼吸が、承太郎の唇によって止められる。
苦しくなるほどに舌を絡められ、閉じた目の前が再びぐるぐると回り出す。彼は口付けたままで力の抜けていく私を、いとも簡単にベッドに縫い止めた。

「…移したら、治んだろ。」

何か言葉を返したかったけれど、再び合わせられた唇のせいでそれは行き場を失った。


20160309


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bkm