「…けむい。私が食べてるのは焼きおにぎりじゃあないんだよ承太郎。」
「テメェが食い終わらねえのが悪いんだろうが。」
ふぅ、と煙を吐きかけられて目に沁みた。
くそ、サディストめ。
天気がいいから屋上でお昼にしようと一人で来たはずなのに、隣には遠慮もなくタバコの煙を吐き出す男が一人。
彼はお母さんが作った美味しそうなお弁当をさっさと食べ終わらせて、食後の一服に興じている。
「…承太郎のお母さんはさぁ、お料理上手なんだね。」
「食べたかったのか?」
あんなに彩りも綺麗で手の込んだお弁当が毎日とか、正直羨ましい。
「…んー、正直うらやましいよ。」
「じゃあ明日、ななこが俺の分作ってこいよ。交換してやる。」
なんでもないことのように彼は言う。
けれど私はお弁当なんて作れなくて、毎日判で押したようにおにぎりを作ってはお昼に食べているのだ。
「え、お弁当なんて作れないよ?」
「それは弁当じゃあねえのか。」
もうほとんど原型をとどめていないおにぎりを指差して承太郎は言う。いやまぁお弁当だけれども。こんなのと承太郎のお母さんのお弁当を交換なんて、価値が違いすぎる。
「…交換するには価値が違いすぎるじゃん。」
こういうのは等価交換が基本だ。
だから、申し出は嬉しいんだけど、という主旨のことを途切れ途切れに伝えた。上手く話せたかはわからないけど。
「…じゃあ、これで等価にしてやる。」
承太郎はタバコを唇から外すと、私の顎を取って口付けた。
なにが起こったのかわからないうちに、唇の隙間から煙が入ってきて、柔らかさはすぐに離れた。
「…ッ…!?」
驚きのあまり目を見開く私に「…色気がねえな」と一言告げて再びタバコを唇に咥える。
そこで初めて、キスされた事実を認識して、顔に熱が集まる。なにそれ。
「…え、…ッ!?」
「…明日、忘れんなよ。」
楽しげに唇を歪めて、彼は立ち去っていった。まったくもって意味がわからない私が一人、屋上に取り残される。
「…ちょ、…なに今の…」
零した吐息は秋風に吹かれて誰にも届くことはなく、誤魔化すように口にしたおにぎりの最後の一口は、タバコの味がした。
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bkm