承太郎と水族館デートの話を取り付ける10000打拍手があったんです…その続き。
「…何着ていこう…」
鏡の前で溜息を吐く。
服を掴んでは身体に当てて、悩んでは次の服に。そうやっているうちにクローゼットの中身はほとんどベッドの上に出てしまった。
友人のルカに頼まれて質問に行ったはずが、なぜか水族館デートに行くことになった。しかも相手はジョジョこと空条承太郎。ファンの子たちにバレたら袋叩きな気がする。
「これがいいかな…」
紺のプリーツスカートと、ボーダーのシャツ。水族館だし、マリンルックが可愛いかな、なんて。それと、誰かに会った時に顔が隠せるように赤いベレー帽。承太郎はいつもの学ランなんだろうか。
ベレー帽にブローチを付けようと思ったけれど、生憎海っぽいものがなくて断念した。
イルカショー見るし、イルカのブローチがあったら素敵だったのに。
「うわ、片付けめんどくさーい…」
明日のために早くベッドに入りたいのに、この服達を片付けなければ眠れないのか…と、今日何度目かわからない溜息をついた。
「随分、早く来たんだな。」
「承太郎こそ。…そんなに楽しみだった?」
「テメェ程じゃあねーぜ。」
水族館の前で承太郎に会ったのは、待ち合わせ時間の15分も前で。
私は承太郎に会うのが楽しみだったんだけど、承太郎はきっと、イルカショーが楽しみだったんだろう。
「イルカショー、楽しみだね。」
「早めに入っても大丈夫か?」
「もちろん。折角だから真ん中で見よう。」
ショーの時間はまだまだ先だというのに、ちらほらと席は埋まり始めている、私たちは真ん中より少し前の席に座ることができた。
ここならよく見えそうだ。
「楽しみだな。」
「うん!でもまだ結構時間あるねぇ。」
「…退屈か?」
「ううん、全然!承太郎いるし。」
そう答えたものの、会話の糸口が見つからないよなぁ…なんて思っていたけれど、杞憂に過ぎなかった。
承太郎は珍しく饒舌に、イルカとクジラの違いだとか個体の見分け方だとかを話してくれて、興味深く頷いている間にショーの時間が来てしまう。
「始まるぜ。」
「うんっ!」
軽快な音楽と共に調教師が走ってくる。期待に満ちた拍手が会場を埋めると、それに応えるように水飛沫を上げながら飛び上がるイルカたち。音楽に合わせて次々と現れては消える。その度にざぱん、ばしゃりと音がして、客席からは歓びを含んだ悲鳴と感嘆の溜息。まさにエンタテインメント!
「…すごーい…」
嘆息しながら隣を見れば、どこの子どもよりも真剣な瞳でイルカを追う男がひとり。余程好きなんだな、と思わず笑みが溢れてしまう。私の不躾な視線にも気付かず、イルカたちに見入っている姿は、普段の彼からは考えられない。
「…すごかったな。」
惜しみない拍手を贈り終えて、溜息と共に言葉を零す。ガヤガヤと帰る声に掻き消されて、私が承太郎を見ていなかったら気付けなかっただろう声。
「…楽しかったね!次はどうする?」
「…とりあえず行くか。」
言葉少なに、私たちは歩き出す。
承太郎の歩幅に追いつくのが大変だと思ったのは、最初だけだった。
水槽の並ぶ薄暗い廊下に着けば、彼はほとんど全部の水槽で立ち止まった。
承太郎が止まるたびに、水槽ではなく彼を見てしまう自分に気付く。
「きれい。」
ライトと水槽を映しこむ瞳は深海のように深い色をして、その上に長い睫毛が影を落とす。
黙って魚を眺めている彼は、なんてサマになるんだろう。家族連れの多いこの空間にはいささか場違いではあるが。
逸れないように手を繋ぐとかそういう期待をしていたわけじゃあないけど、もう少し会話くらいあってもいいじゃないか。…そう思う気持ちも無くはない。けれど承太郎があまりに真剣で、私もただ黙って、彼の隣に立った。
「…退屈だったか。」
「んー…ちょっと疲れたけど、楽しかったよ。」
出口付近に来てやっと、彼は私の存在を思い出したようだった。
周りは明るくなり、あとはお土産屋さんを残すのみ。
「…今日の礼に、何か買ってやる。」
「え、いいよ別に。」
慌てて遠慮すれば、いいから、と大きな手が私の頭をぽんと叩く。
帽子、被らなきゃ良かったな…なんて思いながら、頬が熱いのを知られないように俯いて、ありがとうと一言。
並んでお土産を見ていると、承太郎がきっぱりと言い放った。
「…お前が喜びそうなモノが、残念ながらわからねえ。」
それは選べってことなんですか、承太郎さん。早々に匙を投げられたような感じになっているのがなんだか面白い。
「あ!じゃあこれがいい!」
銀のイルカのピンバッジ。昨日の夜、帽子に付けようと思ってたイメージがそのまま目の前にあった。
「…わかった。」
承太郎はそれを2つ手に取ると、レジに向かう。清算すると、1つ私にくれた。
「つけてもいい?」
「…どこにつけるんだ?」
「帽子!」
ベレー帽を外して、イルカをちょこんと乗せる。イメージ通りの帽子になったことをくるりと回して確認してから、再び頭に載せる。
満足して隣を見れば、承太郎も帽子を外して同じようにイルカをつけていた。
「…ん?」
私の視線に気付いたのか、頭に帽子を戻してこちらを向く。
承太郎の頭なんていう高い位置にいるせいでイルカと認識できなくなってしまった、キラリと光るピンバッジ。
「…おそろだ。恋人みたいね。」
「…それも、悪くねえな。」
ふっと笑いながら言われた言葉に、耳を疑う。
「…っえ!?」
「てめえが言い出したんだろう?ななこ。」
海のようなエメラルドに見つめられて、溺れそうになる。
「え、だって、あの…恋人って…その、好き同士がなるものなんじゃ…あ…?」
告白もしてないし、もちろんされてないのに、恋人になれるもんなんですか!?
確かに承太郎は格好いいし、今日だってドキドキしたけど、これを恋と断言していいかどうかはわからない。
「…お前は、俺が嫌いか?」
「嫌いじゃないよ!…だけど、承太郎が、」
「俺は、お前が好きだ。」
「…え、」
一瞬、周りの喧騒が聞こえなくなる。まるでドラマのワンシーンみたいだな、なんてどこか他人事みたいな私。
見つめる承太郎の瞳は、さっきと同じエメラルド。溺れてしまいそうな、海の色。
「…返事は。」
「…ふつつかものですが…」
よろしくお願いしますと差し出した右手に、承太郎は何故だか左手を差し出す。
「…決まりだな。」
そう言って、承太郎はゆっくりと歩き出す。
握手のつもりだったはずの手は、繋がれたまま。
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bkm