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紫煙に飲まれる

ふと、本当にふと。
彼のことを思い出した。

私が昔好きだった人のこと。
なんだか切なくて仕方なくて、その人が吸っていたタバコと同じ銘柄と、ライターを買ってみる。

ここなら大丈夫かと、適当な喫煙場所でパッケージを開ける。
慣れない手つきでタバコを取り出していると、見知った声がした。

「…ななこ。何してんだ?」

その男…空条承太郎は、私の隣に立つと手元を覗き込んで、唇を歪めた。

「タバコ、吸うのよ。…見たらわかるでしょ。」

「珍しいな。」

彼はそれだけ言うと、私の手元を見つめる。視線を感じながら、たどたどしくタバコに火をつけた。

口の中に、懐かしい味が広がる。思い出に縋るには濃すぎる、メンソールの香り。

「…っ…」

いろんなことを思い出してしまい、涙が出そう。
吐き出した紫煙が、目に沁みただけ。
慣れないタバコを口にしたせいだと、自分に言い聞かせて、煙を食む。

「泣くくらいなら吸うんじゃあねぇぜ。」

「…別に、承太郎には関係ないじゃない。」

唇から、言葉と共に白い煙。それで承太郎は私がふかしタバコだと分かったのだろう、呆れ顔でいつもの台詞を呟いた。

「…私にだって、タバコを吸いたくなる時くらいあるの!」

「…泣くなよ。」

煙が沁みただけの筈なのに、私が発したのは思いの外涙声で。
気付いてしまったら、もう止められなかった。

「…っう…ぇ…」

ぽろぽろと溢れる涙。行き場のないタバコ。
じわじわと紅い火が、私の手元に迫る。

「勿体ねぇだろうが。ちゃんと吸え。」

承太郎はそう言うと私の手からタバコを奪い取って、一口吸う。
それから私と唇を合わせて、煙を吐き出した。

「っ!…んう…ッ…!!」

ただでさえ泣いていて上手く呼吸できないところにメンソールの煙を入れられて、盛大に噎せる。

「まだ残ってるぜ。」

私が噎せるのも構わず、承太郎はタバコが短くなるまで口付けを繰り返した。

「…っう…」

タバコの火を消す頃には、私は承太郎なしでは立っていられなかった。広い胸板に身体を預けて、必死に呼吸を整える。

「…これに懲りたら、タバコなんて吸うんじゃあねぇ。」

自分のタバコに火をつけた承太郎が、私に煙を吹きかける。

「承太郎は吸う癖に…、なんで、私は…ダメなの…」

煙を振り払うように首を振って、不満の声を上げる。

「他の男に影響されてんのが気に食わねえだけだ。」

きっぱりと言い放つ承太郎のタバコは、メンソールじゃない。

「…承太郎と同じのなら、吸ってもいいの?」

「欲しけりゃいくらでもやるよ。」

そう言うと、先程と同じように煙を口付けられた。半開きの唇に、舌が割り込む。

「…んむ…ぅ…」

びっくりして離れようとしたけれど、逆に抱き締められて身動きが取れなくなる。
先程からの酸素不足で、頭がぼうっとする。
口の中を這い回る舌にそっと舌先で触れると、あっという間に絡め取られた。

唇が離れる頃には、いつの間にか灰皿に置かれていた承太郎のタバコはほとんど灰になっていた。
私には勿体無いとか言った癖に、この男は。

とん、と慣れた手つきで灰を落として、承太郎はタバコの火を消した。

「…他の男のことなんか、思い出せなくしてやるよ。」

その台詞にぽかんとしているうちに、彼は私の手からタバコの箱を奪い取る。
まだ開けたばかりの中身を見ながら、楽しげに呟いた。

「まだいっぱいあんじゃあねーか。」

残りのタバコを全部吸わされる頃には、メンソールの香りが承太郎と結びついているに違いないと、私は妙な確信を得ていた。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm