dream | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

君の声を聞かせて


西日の差し込む教室に、個性的な頭が一つ。授業はとうに終わっているから起こしてあげればいいのに、と近くに寄ったらあんまり幸せそうで思わず手を止めた。
もしかして、この気持ち良さそうな顔に誰一人として彼を起こせずいたのだろうかと思わず笑みを零す。私はしばしその寝顔を眺めることにして、彼の前の椅子を引いた。ガタガタと床を擦る音は聞こえていないのだろう、目の前の不良はさっきと変わらない顔で規則正しい寝息を立てている。鋭い眼光を放つ瞳は瞼に隠され、うっすらと開いた唇はなんとも無防備だ。幼くさえ見えるその姿をしばらく眺めてみたけれど、すやすやと心地良さげな呼吸音が乱れる気配はない。

「…寝過ぎじゃあないの…」

一体いつから眠っているのだろう。まさか授業中から…いや、億泰くんならありそうだ。
ちらりと辺りを見ても、彼の上着は見当たらなかった。そろそろ暗くなるし、いい加減に帰らないと風邪を引いてしまうだろう。この幸せそうな寝顔を起こすのは忍びないと思いつつ、私は彼のがっしりとした肩に手を掛けた。

「…ねぇ、起きて。」

「…ん、…」

遠慮がちに揺すってみれば、少しばかり身動ぎをした。私はもう一度「億泰くん、起きて」と今度は気持ち大きめの声を掛ける。

「…ッ、ん、…うおッ!?」

「きゃっ!」

がばっと音がしそうな程勢い良く顔を上げたもんだから、突然間近で億泰くんを見ることになってしまって、思わず声を上げた。

「…、な…、ななこかよォ〜。脅かすんじゃあねーぜ…」

「ご、めん。…でもさぁ、もう教室に誰もいないから…」

目を擦りながら大きな欠伸をひとつして、億泰くんは辺りを見回した。からっぽの教室と西日に照らされた黒板を眺め、困ったように「おい、今何時だ?」と私を見つめる。

「え、もうすぐ5時になるけど…」

「まじかよォ〜…俺そんなに寝てたのかー…」

がしがしと頭を掻きながら溜息まじりに言うもんだから、何か用事でもあったのだろうかと思う。そのまま疑問を唇に乗せれば、億泰くんは私をちらりと見て恥ずかしげに答えた。

「いや…今うち冷蔵庫空っぽだからよォ〜、買い物して帰んねーといけなくって」

早くしねーと飯が遅くなっちまう、と鞄を掴む彼を見て、私は素朴な疑問を投げ掛ける。

「…億泰くんが作るの?」

「ん?…おぅ、もちろんだぜェ!うち今俺だけみてーなもんだからなァ。」

あっけらかんと笑うもんだから、驚いてしまう。俺だけ、ってことは、一人暮らしなんだろうか。

「…え、一人暮らし…なの?」

「んー、まぁ厳密には違うんだけどよォ…」

億泰くんは言葉が見つからないらしく、視線をあちこちに泳がせている。何か聞いちゃダメな事だったかな、と普段からは想像もつかない様子の彼を見て思う。

「買い物、いつもどこでするの?」

「ん?あー、サンマートが近いからそこによく行くぜ」

「サンマートの近くなの?うちも近いんだ。」

マジかよォ、なんて驚く顔はすっかりいつもの億泰くんで、なんだか安心する。その安堵を吐き出すように「一緒に帰る?」と笑いかけたら、不意に空気が固まった。

「…え、」

「…え?」

目を見開いて驚いたまんま、億泰くんは私を見つめている。何かそんなに驚かせるようなことを言っただろうか、と見つめ返せば、みるみるうちに頬が染まって行く。

「…マジで?…一緒に、帰…ッ、…いいのか!?」

「うん。ついでにスーパーも寄ろっかな。」

頬を赤くしながらも嬉しそうに見つめてくる億泰くんがなんだかとても可愛らしく見えて、からかい混じりにそう言えば、彼は「それってよォ、デートか?」なんて爆弾発言をするもんだから、私まで真っ赤になってしまう。
億泰くんは私の返事なんて期待していないと言った風にぷい、と背を向けてドアを開ける。冷たい外気が教室に流れ込み、彼は寒そうに肩を竦めた。

「…ねぇ、…それって……どういう意味?」

小さく呟いた言葉は、彼に届いただろうか。朱に染まる首筋を見上げてみたけれど、残念ながら私にはわからなかった。


20161103
20210428 再掲


萌えたらぜひ拍手を!


prev next

bkm