舞台はパラレル。
ある日突然、矢が刺さった。
嘘のような本当の話。胸に深々と刺さった矢を見て、思わず笑ってしまったのは内緒だ。
そうしてあっさりと死に掛ける私の前に、虹村形兆なる男が現れ、なにやら小難しいことを話し始めた。淡々と紡がれる言葉の羅列に「話が長いッッ!」と思わず叫んだ私は、自分が先ほどまで死に掛けだったとは信じがたいなどと呑気に考えつつ矢の刺さった部分を見た。
どうしたことか胸にはぽっかりと穴が開いていて、これはまぁ見事なもんだ、と私はやっぱり笑ってしまって、形兆に凄まじい視線を頂くこととなる。
射抜かれたのが矢だけではない、と言ったら、この男は呆れた顔をするだろうか。それとも、怒るだろうか。
「おまえはなんだっていつも…!」
「だって、乙女の胸に傷を付けた罪は重いのよ形兆…!」
どんなに怒り散らしていても、私がそう言うと彼は必ず言葉を失って、ほんの少しだけ項垂れるのだ。あぁ本当にこの人は。
私とは絶対的に異なる人間。芯の通った、キチンとした男。うっかり私なんかを射抜いてしまったばっかりに、眉間に深いシワを刻む羽目になっているのがなんだかおかしい。(かと言って、私が彼に構わない選択肢はない。)
「…ななこ、おまえは何故おれに構う。」
「そりゃあ、形兆が心配だから。」
「…おれはお前の馬鹿さ加減の方が心配だがな。」
溜息混じりにそう言う彼が、弟にも同じ台詞を吐くことを私は知っている。それを考えたら、私も多少は愛されてるのかな、なんて。
「…で、今日はなに食べますか?」
「…任せる。」
新婚さんみたいね、と笑ったら、すごい顔で睨まれた。やだ怖い、でも好き。
「…ねぇ形兆、」
「…なんだ。」
片付けないとかキッチリしないとか、文句は沢山言われるけれど、私が作った食事を貶めたり、残したりすることは絶対にないのを、知っているから。
「形兆は、私のこと好き?」
「…知るか。」
キッチリしねえことは嫌いなんだ、という彼は、私とは根本的に違うのだ。確証のないことを、曖昧に口に出したりしない男だ。
けれど、私がどんなに失敗しても米粒一つ残さず食べて、食器をきっちり洗ってくれるその行動が全てを物語っていると、私は勝手に思っている。
「…私はねぇ、大好きだよ、形兆。」
「…そりゃあどーも。」
…ったく、今日の飯はマトモなんだろうな、と眉間に皺を寄せるのが、まるで照れ隠しにしか見えなくて笑ってしまう。
私の好意を否定しない彼に、以前「勘違いするよ?」と言ったことがある。その答えが「勝手にしろ」だったから、私は何度でも好きと言おうと決めたのだ。
彼がキッチリ私を「好き」だと思える日まで、せめて胃袋くらいは掴んでおきたいな、と思いながら、私は冷蔵庫を開けた。
「こらななこ!牛乳は、出したらしまえ!」
「…あぁごめん、しまっといて!」
20160823