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君と言う名の処方箋

忙しい。仕事が忙しい。
机の上の書類は山積みのまま一向に減る様子もなく、消化したはずのタスクは上司のお小言と共に差し戻されて泣きそうになる。

「これ悪いんだけどフィードバック上がったから直しといて」

「わかりました」

「それとついでにこっちもよろしく」

どさりと積まれた紙束を見てどこらへんが「ついで」なのかと思ったけれどぐっとこらえて上司を見送る。多分、忙しいのはみんな一緒だ。

「はー……なんだっていうのホントに……」

終わらない仕事を机に残して家路に着く。できればもう少し……と思うけれど、時間は有限だ。帰らなきゃならないリミットってものがある。また明日あの山のような仕事が待っていると思うとなんとも気が重い。

「……ただいまー……」

「遅えよななこさん!」

ドアを開けるなり耳に飛び込んできたハリのある声に思わず背筋が伸びた。顔を上げるとドタバタと大きな足音と共に億泰くんの姿。疲れてぼんやりしていたせいで、電気が付いていることにすら気付かなかった。

「おかえり!随分と遅いんじゃあねーの?」

「……そうかな、……ほんとだ、遅いね」

手首についた時計を覗くと思っていたよりずっと夜で、億泰くんはおうちに帰らなきゃあいけないんじゃないかしら、なんて思いが頭を掠める。

「どーしたんだよ、疲れてんのか?」

億泰くんは心配そうに私を覗き込む。私が曖昧な笑みを零すと彼は大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、お疲れさん、と笑った。

「……ありがと」

それだけで、なんだか泣きそうだった。冷えた部屋に帰るとばかり思っていたのに、こんなにあったかく迎えられたせいなのか、単にすごく疲れてるせいなのかはわかんないけど。

「……どーしたんだよホント。元気ねーなァー」

あ、腹減ってんのかァ?なんて呑気な言葉を掛けられるから、ちょっとだけ笑みが零れた。私の頬が緩むのを見た億泰くんは、「お、やっと笑った」と安心したみたいに微笑んで、飯食おーぜ、と私の手を引いた。

「……すぐ支度すっからよ」

ななこさんは座ってろよ、と言い残した億泰くんは、あっという間に夕飯をテーブルに並べた。見かけによらず手際がいいのは相変わらずだ。

「ありがと。ごめんね遅くなって」

「ホント遅えよォ、オレ腹減っちまったぜェ〜」

億泰くんは冗談めかしてそう言うと、私の向かいに腰かけた。
いただきますの一言が綺麗に重なって、二人で笑い合う。億泰くんは勢いよくごはんを口に入れながらも、学校でのこととか、今日のご飯の出来だとかを話してくれた。

「ななこさんさぁ、」

「? なぁに?」

「オレに遠慮してねェ?」

会話の最中にそんなことを問いかけられて、思わず箸が止まる。なんでそんなことを言われるのかと怪訝な視線を向けると、億泰くんはちょっぴり困った顔で私を見た。

「いや……あんまななこさんから仕事の愚痴とか聞かねーなって思って……」

「……そう、かなぁ……?」

力無い返事になってしまったな、と思うのは、実際当たらずとも遠からず、ってところだから。億泰くんは(こう見えて)ちゃんと学生してて、自活もしている上にこうして私の食事まで作ってくれたりする。それってすごく大変なはずなのに、彼は会うたび太陽みたいに笑ってるから、私も頑張らなきゃなって。
それを「遠慮」と言うのかはいささか疑問だけど、あんまり愚痴りたくないとは思ってる。

「オレに言ってもわかんねーと思われてんのかもしんねーし、実際オレ、バカだからよくわかんねーけどよォ〜……」

眉を下げながらそんなことを言われるとなんだか申し訳ないような気持ちになった。億泰くんにはそう見えてたのか。

「……そんなことは思ってないけど……、」

「じゃあたまにはいいだろ」

さあ愚痴れ、みたいな雰囲気だけど、改めて言われるとなんだか言いにくい。せっかく作ってくれたご飯は美味しく食べたいし、と思ったら尚更だ。

「……ごはん、食べてからにする。」

曖昧な笑顔と一緒にそう告げれば、億泰くんは心配そうな視線を向けつつもわかったぜ、なんて頷いて、テーブルの上に視線を戻した。手元がちょっぴり忙しなく動き始めた気がして、別に気を遣ってくれなくてもいいのに、と言おうとしたけれど、せっかくの優しさが嬉しかったから浮かんだ言葉を噛み砕いたごはんと一緒に飲み込んだ。

「……ごちそうさま」

「食い終わったら愚痴聞く約束だったよなァ?」

食器をまとめる手を遮るみたいに億泰くんが言う。返事の代わりに食器を重ねる音がカチャリと響いた。

「……そう言われても、」

「オレじゃあ役不足か?」

それを言うなら力不足なのでは?なんて私の逡巡を彼は少し勘違いしたらしく、不満そうに唇を尖らせながら眉を下げた。

「……聞くよりも、こっちがいいな」

少しだけ寂しい億泰くんの単純さに溜息を零しながら立ち上がる。彼が「片付けならオレが、」と言いかけたのを制して隣に腰掛けた。小さな黒目がきゅ、と驚きに縮むのを含み笑いと共に見て、そのままトサリと背を預ける。

「……ななこさ、ん……?」

「……なぁに」

擦り寄るみたいに額を寄せれば、そこでやっと合点がいったとでも言うように大きな手が私の頭を撫でた。ほぅ、と柔らかな溜息が落ちたのは、どちらの唇からだったか。

「……おつかれさん」

「ふふ、ありがと」

食後のコーヒーよりも暖かで甘い(億泰くんが淹れるとミルクと砂糖がたっぷり入るんだ)、なんて思う。彼はいつも優しいから、今だって何も聞かない。愚痴を話すよりもずっと、わかってもらえたような気持ちになる。

「……なぁ、」

「なに?」

「……こんなんでいいのか?」

髪を撫でていた手が身体に回される。ぎゅう、と力がこもるのがちょっぴり不安な気持ちの表れなんだろう。

「十分っていうか……最高に幸せ?」

くすくす笑いながらそう告げれば億泰くんは照れたように笑みを返し、こんなんで良けりゃあいつだって……と、私の額に唇を落とした。

20190213

お題箱にコメントありがとうございました!
「仕事がしんどいヒロイン(年上)を癒す仗助or億泰の話」だったので億泰で!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm