蛍が見たい。
そんなセリフを聞いたのは、一体なんの話をしていてだったろうか。学校帰りに駅の西口で待ち合わせたオレと仕事帰りのななこさん。ノー残業デーとかいう日にしか会えないのはつまんねーけど、裏を返せばそれが毎週の楽しみってやつ。
「オレは見たことないっスねー。今時期にいるはずなんでしょーけど」
そーいやホタルって、水の綺麗なとこにしかいないんでしょ? と返したオレに、彼女は笑って言った。
「そうそう、よく知ってるね」
「ちゃあんとベンキョーしてんスよ一応」
軽口で返せば、「習うのは小学校じゃあないの?」なんて。
それからななこさんは、「小学生の仗助くんとか見てみたかったなぁ」と続けた。確かにオレだって、小学生のななこさんに会ってみたかった。そう答えたら彼女はチコっと寂しげに、そうだね、なんて笑う。
「でも、私が小学生の時じゃあ仗助くんはまだ物心ついてないんじゃない?」
「そんな離れてないでしょーよ」
彼女のコンプレックスを少なからず刺激してしまったことに気付いたオレは、努めて明るくその可愛らしい額を小突いた。オレにしてみたら充分すぎるほど可愛いななこさんは、わずかな年の差に結構な後ろめたさがあるらしい。別にななこさんがセーラー服じゃあないからって、そんなのちっとも気にならないのに。
「どこで見られるんスかねぇ……ホタル」
「……見に行きたいねぇ……」
可愛らしい願望を乗せた言葉がなんとも歯切れの悪い言いかただったのは、夜分にオレを連れ出すことの罪悪感ってやつに違いない。噛み殺すみたいな溜息が、なんだか胸を締め付ける。
オレはオレで、「一緒に行きますか」なんて言葉は吐けなくて(だってホタルが見られる場所って公共交通機関っつーのが通ってねーから)、高校生っていう立場がなんとも歯痒くなっちまう。こんな時、大人だったらきっとスマートに誘えるんだろうと思うから。
「あ、そうだ!」
気まずい空気を払拭するみたいに明るい声が響いて、思わず彼女の方を見る。ななこさんはやおら立ち上がり、勢い良くオレの手を引いた。
「どーしたんスか?」
「お散歩しよう!」
駅から学校を超えて、どんどん街から離れてく。沈む夕陽に向かって歩くななこさんは、太陽でも捕まえる気なんだろうか、なんて馬鹿なことを考えてみた。彼女にそれを言ったら本当に挑戦しそうなところがオレは好きだ。
「……どこ行くんスか?」
「えー、どこだろ? 水の綺麗なとこ!」
ホタルを探しに、って言わないところも好きだな、なんて思った。
「なんスかそれ。……あ、そんじゃあトラサルディで飯食いましょーよ!」
「なにそれ急に」
吹き出したななこさんの手を引いて、「オレ腹減ったんスよ!」と言えば、彼女は「じゃあご馳走してあげよう」なんて胸を張った。トラサルディがキリマンジャロ産のミネラルウォーターを使っていることを話したら、彼女は笑うだろうか。
20190628
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7.カロケリ
蛍、水、夕焼け
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