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こうならはんぱ。

私は空っぽだ。
ぼんやりと、うすぼんやりと生きてきた。親の、大人の言うことを聞いて、周りに合わせて。それで特に困ることも、大きな事件もなく、つつがなく暮らしてきた。だからなんというか、周囲に合わせて生きる以外の主軸を持ったことがない。今まで生きてきた世界ではそれが「いい子」で「正解」だったから。
けれど働き始めて、周りの人間はそうじゃあないと知った。私のような生き方は、どうやら間違っているらしい、と。

「お前には自分の考えがないのか!」

少しは自分で考えろ。そう言って怒鳴った上司の顔が浮かんで、ぶんぶんとかぶりを振る。そう言われても、私が今まで考えるべきは「周りの言葉」だったから、これ以上一体何を考えればいいのかと、絶望に似た気持ちを抱えて歩く帰り道。

「……何を考えればいいんだろ、」

私は一体なんなのか。考えれば考えるほど、空っぽの自分しか浮かばなくて悲しくなってくる。短いセーラー服のスカートも、長い長いルーズソックスも、みんながそれを「かわいい」と言ったから履いていた。今だって、この白いシャツとタイトスカートが「正しい」姿だから、着ているだけ。内側には、何にもない。

みんなはそうじゃあなかったの? なんて聞く相手もいなくて、ただぼんやりと、同じように歩く人々を見ていた。みんな似たような格好なのに。
と、人混みの中で一際目を引く髪型を見つけた。時代錯誤のリーゼントに、見たこともない学ラン(学生鞄を見る限り、あれは学ランに違いない)を着た少年。その姿は凛として、キラキラ輝いて見えた。
普段なら間違いなく避けて通るであろう姿を見て、私は思わず彼に駆け寄る。

「……あ、のッ!」

少年は面食らった顔をして私を見下ろす。何スか? と戸惑いを含んだ声と寄せられた眉に、続く言葉が見つからない。
殴られるかも、みたいな気持ちがなかったわけじゃあないけれど、もう何か、殴られてもいいから、何か知りたかった。けれど私は、私が何を知りたいのかさえ、わからない。

「……いや、あの、……ごめんなさい」

「……いや急に声掛けられて謝られてもよォ……どーしたんスか?」

少年は見た目にそぐわぬ優しい眼差しで、私に声を掛けた。なおも返答に困る私を見て、彼は「え、オレ今スタンドとか出してねーけど……」などと意味のわからないことを呟かれ、私も戸惑いを隠せない。なんだこの状況。

「えっと、あの……その、髪型……」

どうしてそんな格好を、みたいなことをしどろもどろに告げれば、彼は自分の姿を確認するように視線を下げ、それから私を見て、可愛らしい笑顔で「カッピョイイっしょ?」と返した。反射的にこくこくと頷けば、彼は「どーしたんスか、新手のナンパ? あ、罰ゲーム?」なんて笑った。

「あ! うん、そう……ナンパ。あの、良かったらお話……聞かせてほしく、て、」

どう考えてもおかしい人だろ、と心の中でツッコミを入れたせいで大分語尾があやふやになってしまったけれど、彼は私の様子を見て、柔らかく微笑む。

「なんか困ってんスか? いーっスよ」

どっかでお茶しましょ。奢ってくれんスよね? なんて軽口に強く頷けば、彼はお気に入りだというカフェに私を連れて行ってくれた。最初こそ戸惑いがあったけれど、私の前を歩くその背にはなんていうか、自信っていうか自分みたいなものがしっかりと見えている気がした。

*****

「……それで、自分がないなって思ってたとこに君を見たから、思わず……」

「……なんつーか……大人って大変ッスねぇ……」

仗助くんは私のまとまりのない話を根気よく聞いてくれて、「でもななこさん、それで突然見知らぬ不良に声かけるとか、キモ座ってるっスね」なんて笑ってくれた。

「だってもう、どーしたらいいのかわかんなくて……」

ため息と共に涙を零すと、仗助くんは慌てて鞄を漁り、私にハンカチを差し出してくれた。ほんと、どこまでいい子なんだろうこの子。不良みたいな格好のくせして。

「泣かないでくださいよォ〜、そんなんオレどーしていいかわかんねーっス……」

「ごめ、……ッ、でも、」

そうやって、「どうしていいかわからない」なんてサラッと言えればいいんだろうか。でも、私は……私は彼みたいに自分を持って生きてないから。
そう思ったら益々泣けてきて、途切れ途切れに仗助くんに何度も謝る。

「そーやって謝られると、オレなんか悪いことしたみてーで嫌っス……」

アンタなんもしてねーっしょ、と宥められて、確かにその通りなんだけど、だからってすぐ泣き止めるわけもなく、みっともなくぐずぐずと鼻を啜る私を、仗助くんはほとほと困り果てた様子で眺める。

「……でもなんで、オレに声掛けたんスか?」

突飛な格好のヤツなら、オレ以外にもいるでしょう? なんて、私の気を逸らそうとしてか努めて明るく彼は言った。私は目元を必死に拭って、彼の優しさを無駄にしないように大きく息を吸う。

「だって、……格好よかったから、」

ぐす、と鼻をすすって視線を上げると、真っ赤になって絶句する仗助くんが見えた。
思いもよらぬ反応に、思わず瞬きを繰り返す。あの、とかその、とか声にならない言葉を吐く彼を見て、私は自分の言葉の意図がいささか歪んで伝わったことを知る。
弁解しようと思ったけど、私と仗助くんが感覚的に捉える「格好いい」の種類の違いを上手く説明できる言葉が出てこなくて(目の前の赤い頬が思いのほか可愛らしく見えてしまったのもある)、仗助くんと同じようにおろおろするしかできない。
涙が引っ込んでしまった私を真っ直ぐに見つめた彼は、唇をきゅっと引き結んで、意を決したように言葉を紡ぐ。

「あのよォ……ななこさん、「自分が空っぽだ」って、言ったじゃあないっスかー……」

「……うん、」

私と仗助くんの間に流れる神妙な空気に、借りたハンカチをぎゅうっと握る。
今会ったばっかりでなんなんスけど、と彼は僅かに逡巡した後、勢い良く唇を開いた。

「アンタが白紙だっていうなら、オレが好きな色に染めてもいい?」

どきりと、心臓が跳ねる。
目の前に広がる光景と投げ掛けられた言葉に、私は自分の意思でもって、首を縦に振る。それを見た仗助くんは、まるで雲間から顔を出したお日様みたいな顔で笑った。

どうやら、私はまるっきり空っぽってわけでもないらしい。

20190624

#文字書きワードパレット
16.カナフ
白紙、空、内側。


萌えたらぜひ拍手を!


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