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暑い夏の日

「あの子になりたい」

そう思ったことは、一度や二度じゃあない。
憧れの誰かに、自分じゃあない誰かになりたいって、鏡の前で溜息をつく。
それは、私がわたしを好きじゃあない証拠なんだけれど、事実、そう思ってしまうのだから仕方ない。

「何溜息ついてんだよ」

ぺし、と頭を叩かれて視線を上げると、見慣れたリーゼント。間延びした退屈そうな声が続けて落ちてくる。

「オレといんのに鏡の方が楽しい?」

トイレから戻ってきた仗助くんは、慌てて鏡を仕舞う私の髪をひと撫でして向かいの席に着いた。
暑い日差しの下、ドゥマゴのテラス席。私はテーブルで汗をかいたアイスコーヒーを溜息と一緒に飲み込む。

「違うよ、暑いからメイク崩れてないかなって」

「それはそれでエロくていーと思うんスけど」

仗助くんはそう言って悪戯っぽく笑い、手元のストローでコーヒーをかき混ぜる。溶けかけの氷がカラカラと鳴り、涼しげな音を立てた。

「なにそれ、」

「……気になるなら直してきてもいーっスよ?」

そのまんまでも可愛いけど、と柔らかな音をコーヒーに混ぜ込みながら、彼はゴクリと喉を鳴らす。目の前の綺麗な瞳が、私を見ていることが未だに信じられない。

「……ありがと、行ってくるね」

「へーい」

真っ直ぐな視線から逃げ出すみたいに、見慣れた赤いピクトグラムを目指す。私がもっと可愛ければ、あの視線をそのまま受け止めて、にこやかに笑えるんだろうか。

「なんで私なんだろう」

トイレの鏡を見ながらぽつりと零す。言葉にしたらひどく滑稽な気がした。視線の先にはパッとしない、どこにでも居そうな女。良くも悪くも平凡な顔。別に何か大きなコンプレックスがあるかと言われればそんなことはないけど、仗助くんがやたらに美しいせいで、どうしたって釣り合わないな、と思ってしまう。

「……戻ろ」

はぁ、と小さな溜息を残して仗助くんの所に向かった。テラス席で退屈そうにグラスを傾ける彼は、遠目に見てもめちゃくちゃ絵になる。

「……おせーよななこさん」

「ごめんごめん」

そんなことしなくっても可愛いのに、と頬を膨らませる仗助くんは、私なんかのどこがいいんだろう。目の前の美しい顔を見つめれば、彼は視線をそらすこともなく真っ直ぐに私を見て笑う。

「……可愛い」

「……ばか」

「……好きっスよ、」

暑いのは夏のせいだけじゃあない。「私も」の言葉をコーヒーと共に飲み下していると、仗助くんは「そこは『私も』っつートコっしょ!」と言って、それから悪戯っぽい笑みと共に小さく続けた。

「……まぁ、言わなくったってわかりますけど」

あぁ、なんて格好いいんだろう。私は誰かになりたいのに、どうして彼は私なんかがいいのか。……でも。

「ねぇ、仗助くん」

「……んー、何スか?」

私の呟きを全部わかったみたいな顔で、仗助くんは笑う。

「そのまま変わらずにいてね」


20190817


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bkm