去りゆく人を水の泡に例えるのは、世界共通なんだろうか。恋が叶わなかった人魚姫は泡になって消えたし、果たして恋とは水に溶けやすい性質でもあるのかしら。
そんなことを呑気に思っていた私は、今の歳になってようやっと、この身を以てその意味を知った。
恋心は、涙に溶ける。
「……なんて、ばかみたい」
あぁ、気付きたくなんてなかった。そっと眺めて、幸せを噛み締めていれば良かった。
見事玉砕、受け取ってすらもらえなかった手紙をくしゃりと握りしめた。一生懸命考えたのが馬鹿みたいだ、と溜息を吐けば、歪んだ紙に涙が落ちて、インクがじわりと滲む。まぁさっきから視界は滲んでいるから、少しも変わりはしないのだけれど。
「……うおッ、な、何泣いてんだよ」
あまりに場違いな声が響いて、慌てて目元を拭った。私の様子を見た彼は、慌てて「悪ィ、別に泣いてんのがダメだとかそーいうんじゃあねーし、」と続ける。
「……どうしたんだよ」
「……ッ、な、んでもな……い、」
しゃくりあげながらそう返せば、「なんでもないこたぁねーだろ」と幾分落ち着いたトーンが響いた。困ったような、遠慮がちな足音がわずかに近付く。
「……なんだかわかんねーけど、……大丈夫か?」
いや大丈夫じゃあねーから泣いてんだよな、と、困り果てた声を出しながら、億泰くんはがさがさとポケットやらカバンやらを探り、情けない顔で「ハンカチ、持ってたら良かったなァ」と溜息を吐いた。
「……ごめん、」
「いや、謝るのはオレの方だろ……」
なんかごめんな、と億泰くんは困ったように笑って、オレに聞けることあんなら聞くぜェ、と間延びした声を出した。
「……ありがと、……フラれ、ちゃってさぁ……手紙、受け取っても、……くれなかった……」
軽く笑って言えるはずだったのに、また涙が滲んだ。私の言葉を聞いた億泰くんは、目をまん丸にしてぱちくりと瞬きをし、合点がいったように唇を開いた。
「あー……そりゃあ泣くわ……。でもよォ、そんな見る目ねーやつだって分かって良かったんじゃあねーの?」
零れた言葉は、慰めというより本心なんじゃあないかってくらいにあっさりとしていて、なんだか、彼が言うんだからそうなんだって納得してしまいそうな響きを私の心に残した。
「……なにそれ」
「だってよォ……お前がイイヤツだってのがわかんねーんだぞ? 見る目ねーだろ」
オレだったら大喜びだけどなァ、と呟いた億泰くんは、その言葉の意味をわかってるんだろうか。慰めにしては大袈裟すぎるし、あっさり言うようなセリフじゃあないのに。
「……なぁ、その手紙……」
返答に困る私を余所に、億泰くんは私の手元でくしゃくしゃになった封筒を指差した。どうせ捨てんだろ? いらないなら捨ててやるからくれよ、と手を出すから、頷いて言われるままに封筒を差し出した。
「オレがすげーもん見してやるよ」
びっくりしたら泣き止めよ? とにんまり笑った億泰くんは、右手で私の手紙を掴む仕草をする。
ガオン、と奇妙な音がして、私の思いを込めた薄いピンクの封筒は跡形もなく消えた。
「……え、っ?」
「……びっくりしたか?」
手品のように開かれた億泰くんの両手には、本当になんにもなくて、なんていうか、本当に涙が止まった。
ぱちくりと瞬きを繰り返す私を見た彼は、「まぁ……なくなっちまったしよォー、さっさと忘れろよ」と慰めの言葉を吐いたけれど、あまりに不思議な出来事に 頭が追いつかない。
「……えっ、なんで? どこ行ったの?」
「……さぁ、オレも知らねーんだ」
呑気に笑う億泰くんを見てたら、ショックだったのも悲しかったのもどこかに行ってしまって、うたかたの恋、なんてものは本当にあっさりと消えてしまうものなのかもしれない。……私が薄情なのかもしれないけど。
20180517
冷麺さんありがとうございました!!!
prev next
bkm