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君はエメラルド

花京院をナンパする話




綺麗な緑色、と言ったら、目の前を歩いていた少年が勢い良く振り向いた。ばちりとぶつかった視線に思わず瞬きを繰り返す。

「……あの、もしかして……見えるんですか?」

恐る恐る零された言葉と期待のこもった視線に気圧されて思わず頷いてしまった。言葉の意味なんてさっぱりわからないっていうのに。
頷く私を見て、少年は鮮やかな色の髪を嬉しそうに揺らした。なんだかよくわからないけれど、彼は私に心を許したんだっていうのが伝わって、私は彼に笑いかける。

「かわいいお兄さん。もしかしてナンパされてくれるの?」

私の言葉を聞くと少年は頬を赤くした。なんだかよくわからないけれど、暇つぶしにはちょうどいいかもしれない。さっき目に留まったクリームソーダでも、彼と一緒に飲みに行こうか。

「……いえ、あの、」

戸惑いに視線を彷徨わせながら、赤毛が揺れる。「行こう?さっきそこでクリームソーダ見かけたから」と促せば、瞳の色に期待が混ざる。

「え、……クリームソーダ?」

「うん、ご馳走するよ」

いいんですか?と動く唇に、そんなんじゃあ誘拐されてしまうよと思ったけれど、存外ガタイのいい高校生(だと思う。学ランだし)を誘拐しようなんて物好きはいないのだろうか。

「……ええっと……」

「私はななこ。君は?」

おねーさんにナンパされてよ、と笑えば、少年は戸惑いがちに「花京院典明です」と名乗った。その見た目にぴったりの、麗しい名前だと思う。

「……じゃあ行こうか、花京院くん」

返事を待たずに腕を引けば、彼はおとなしく私に着いてきた。どうしてだろうと思ったけれど、その理由は彼の向かいに座って明らかになる。

「……あの、ななこ……さん、」

見えるんですか、とまた問いかけられた。何のことかさっぱりだ、とぱちくり瞬きをすれば、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせ、さっき、緑色って……と、呟いた。

「私が緑色って言ったのは、アレのこと」

運ばれて来流であろうクリームソーダを指せば、花京院くんは落胆を露わにした。「確かに……」と呟くその口ぶりは、まるで私の目の前に何か彼にだけ見えるものがあるみたいだった。

「……君にだけ見える『緑色』が、あるの?」

興味を隠さずそう問えば、花京院くんは驚いた顔で口元を覆った。何かあるのか、と思ったところにクリームソーダが二つ届く。

「……ねぇ、花京院くん?」

鮮やかな緑に目を奪われる花京院くんに声を掛けると、彼は居心地悪そうにストローを開けながら、「……そうですよ」と言った。

「なにそれ? 聞かせてよ」

「……信じてもらえないと思いますけど」

「別にいいじゃない。ナンパされてくれたんだし、お喋りするくらい」

私がそう言えば、彼は視線をあちこちに彷徨わせた後、「僕には、友人がいるんです」と言葉を零した。

*****

「なにそれ、素敵ね」

彼の話を聞いた私がそう返せば、花京院くんは驚いた顔をして、それからとても嬉しそうに「ありがとうございます」とはにかんだ。

「……お礼を言われるようなことじゃあないと思うけど」

「……え、ッ……だって、……こんな話、」

「……私も、見てみたいな。花京院くんのハイエロファントグリーン」

ただ話を聞いただけでこんなに嬉しそうな顔をするんだから、きっと本当なのだろう。私が霊感少女(ってほど若くないけど)だったら見えたんだろうか。

「……見せられたら、いいんですけどね」

寂しげな顔の花京院くんを見ていたら、勝手に言葉が零れた。

「練習したら見えるようになるかなぁ?」

我ながら間抜けな発想だと思ったんだけど、それは花京院くんも同じだったらしく、悲壮な面持ちはどこへやら、彼は軽快に吹き出して「なんですかそれ」と笑った。

「いやぁ、見えるように頑張れたらいいかなって。……なにを練習したらいいのかはわかんないけど、」

「……それ、は……また会ってくれる……ってことですか?」

花京院くんは言いながら神妙な顔になっていく。緊張した面持ちで唇を噛む彼に、「君が良ければまたデートしてよ」と笑えば、彼は安堵したように微笑みを返した。

「ななこさんが良ければ、ぜひ」

「じゃあ、連絡先教えるね」

カバンからペンを出し、メロンソーダの乗っていたコースターの端に電話番号と、普段家にいる時間を書いた。グラスの露で少し滲んでしまったけど、番号が見えればそれでいいだろうと思う。

「……一人暮らしだから、遠慮しないで連絡してね」

「あッ……はい!」

いそいそとコースターを鞄にしまう花京院くんの目の前、飲み終えたはずのメロンソーダのグラスに、綺麗な緑色が見えたような気がした。

20181023


萌えたらぜひ拍手を!


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