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10年後のお茶会

生存院とお茶を飲む話。




「お茶にしようか」

花京院くんの声で、私はパタパタとキッチンに駆ける。まるでパブロフの犬みたいだ。

「まかせて!」

「……随分といい返事だね」

急がなくていいのに、なんて言葉を零しながら花京院くんは口元に手をやり、喉の奥で笑った。バタバタと走る私とは対照的に彼の所作はとても美しい。午後の日差しの長閑さに似ていると思う。

キッチンにたどり着いた私は、早速お茶の準備に取り掛かる。ポットでお湯を沸かす傍ら、戸棚からティーポットとふたつのカップを取り出した。揃いのボーンチャイナはとても薄くて、割ってしまうんじゃあないかしらってドキドキする。この繊細な模様を描きこんだ人はすごいな、なんて思いながらトレーの上に並べた。茶葉はダージリン。今日はストレートにしよう。サラサラと気持ちの良い音を聞き逃さないように静かにポットの中に茶葉を落としていく。

「今日のお菓子は?」

不意に頭の上から声が降ってきて、思わず身を固くする。「びっくりさせないでよ」と頬を膨らますと、「びっくりしないでよ」なんて頬をつつかれた。

「なにそれ、意地悪」

「意地悪なんかじゃあないさ。コミュニケーションってやつ、かな」

花京院くんはそう言うと私の髪を撫でた。柔らかな木漏れ日にひなたぼっこする猫みたいに、その大きな手に擦り寄る。

「猫みたいだね」

「……クッキーです」

「……君が?」

「今日のお菓子が。」

それは随分と遅い返事じゃあないか? と花京院くんは笑う。特に中身のない、くだらない会話だけれど、私は花京院くんと過ごすこういう時間が好きだ。

「……もしかして、手作り?」

「うん、そうだよ」

「それは楽しみだ。……実はぼく、憧れてたんだよね」

悪戯が見つかった子供みたいな、ちょっぴり恥ずかしそうな表情は、普段の落ち着いた様子とは違ってなんだか可愛い。

「憧れるって、手作りのクッキーに?」

「そうそう。昔良く承太郎がもらっていてさぁ」

「花京院くんも貰えてたんじゃないの?」

「ぼくのなんて『おまけ』だろ?」

自重気味にそう零す彼を見て、この人はデリカシーってものが足りないなぁ、なんて思う。モテない見た目どころか承太郎(私は写真でしか見たことがないのでそう呼べる間柄でもないのだけど)にだって負けないくらい格好いいのに。彼のその自虐的と言うかちょっぴり自信のないところは、すごく勿体無いと思う。
でも、彼がもし学生時代から自信満々の男だったらきっと今私と一緒になんていなかっただろうし、私はその少し控えめな感じがとても愛おしかったりするから、今となっては結果オーライなんだけど。

そんなことないと思う、って慰めを飲み込んで、私は花京院くんに笑いかける。

「私は花京院くんのために作ったよ!」

「……ななこ……」

君って人は、なんて言葉が溜息と共に零される。心底感動した、みたいな様子がありありと伝わってきて、あぁこの人は本当に可愛いな、なんて年上の男性にはとても伝えられないような愛おしさが込み上げる。

「お茶にしよう、花京院くん」

私はシュンシュンと湯気の立つポットを手に取り、ティーポットに勢い良くお湯を注ぎ込んだ。静かに重なり合っていた茶葉がお湯の勢いに驚いてぐるぐると踊り出すと、あたりにいい匂いが立ち込める。柔らかくて暖かい、幸せの空気。私も花京院くんも大好きな、午後のティータイム。

「いい香りだね」

「まだ待っててよ?」

花京院くんにそう釘を刺せば、わかってるよ、と苦笑いと共に返された。まだこのお茶会が片手で数えられるくらいの時、私が目を離した隙に花京院くんが薄い紅茶を注いでくれたことがある。紅茶は蒸らすものだって知らない花京院くんがカップに落とした液体がやけに薄いと首を傾げるのを見て、思わず笑ってしまったっけ。

「お砂糖は?」

「ぼくはいらないかな」

含み笑いと共に問い掛ければ、わずかに不機嫌そうな返事。それすらも愛おしいんだから私も大概ダメだと思う。
クッキーと紅茶の支度をテーブルに並べれば、花京院くんとのお茶会の準備は完了だ。

「お茶にしましょう?」

「……そうだね」

視線を絡ませあって、微笑み合う。改めての宣言はいらないのかもしれないけれど、この幸せな空間を切り取って心にしまっておきたいから、私は毎回お茶会の宣言をする。
花京院くんは今日も、柔らかな微笑みでもって私の我儘を受け止めてくれた。

「……美味しい」

いそいそとクッキーを口に運んだ彼は、温かな湯気みたいな溜息を零す。それはふんわりと染み込んで私の心を潤した。なんだか泣きそうになってしまって、花京院くんにバレないように吐息をひとつ落とす。

「……良かった」

「ねぇななこ、これ、後でラッピングしてぼくにくれないかい?」

花京院くんは、かじりかけたクッキーを私に見せびらかすみたいに翳してそう言った。
昔の憧れを今叶えられるとあって、彼の瞳はキラキラと輝いている。そんなことしなくても当時だって花京院くんのために焼かれたクッキーがあったはずだって思うし、花京院くんのことを好いていた女の子のことを思うとちょっぴり申し訳ないような悲しいような気持ちになるから私の心中は穏やかではないのだけれど、花京院くんはそんなことは知らずにニコニコと幸せそうに笑いながらクッキーを齧っている。

「……わかったよ」

人の気も知らないで、と苦笑いしながら、私は「憧れの花京院くん」に渡すクッキーのラッピングと、添える告白の言葉について考えた。

20200123


萌えたらぜひ拍手を!


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