彼女は良く、しっかり者だと評される。
確かに何事もそつなくこなすし、きちんとしている。それは目尻に引かれたアイラインとか、パリッとしたジャケットのせいで、見た目にも際立つ。人混みにいたってすぐにわかる凛とした立ち姿は、恋人の欲目を差し引いても十分過ぎるほど美しい。
その実、ななこは危なっかしいところもあるのだ。例えば、駅で待ち合わせをしている今。
遠目に見えるななこはチャラそうな若い男に声を掛けられている。彼女は道でも聞かれていると思って答えているように見受けられるけど、あれはどう見たってナンパだ。ななこもはっきり断ればいいのに、ナンパだなんて気付いていないせいで、中身のない話に首を傾げつつもきちんと答えているらしい。僕は大股で彼女の元に急ぐ。
「やぁ、お待たせななこ」
「? なに、急に」
横から抱き込むみたいに手を回せば、ななこはキョトンとして僕の腕を掴んだ。会話の途中なのに、とでも言いたげな視線をよそに、僕は目の前の男を見つめる。
「僕の彼女になにか御用ですか?」
「ッ、い、や……失礼します!」
慌てて立ち去る男を見送ると、ななこは呑気な顔で「さっきの人、道を聞いたのにどこに行くのか教えてくれないの。変な人ね」と笑った。それを聞いて僕は唖然とする。どう見てもナンパだろ、なんて言ってもきっと取り合ってもらえないんだろうと思うと知らず溜息が零れた。
「ななこはしっかりしてるくせに、全然ダメですね」
「あ、なにそれ花京院くんひどい!」
彼女はぷうと頬を膨らませると、ふと思い立ったように「あっ、でも、花京院くんがいないとダメなのはそうかも」と頬を緩めた。それが僕にどれほどのダメージを与えるかなんて知りもしないでそんなこと言うんだから、本当にタチが悪い。
「……そうやって僕の心を乱さないでくれないか」
「それは花京院くんの方じゃない? さっきだってびっくりしたんだからね」
そうは言うもののななこは涼しい顔で、僕にしてみたら本気なのかリップサービスなのか判断が難しい。本人曰く事実らしいけれど、こんな涼しい顔のままでいられるとどうにも信じがたいような気持ちになってしまう。
「……びっくりしたなら驚いた顔くらいしてくれよ」
「そう言われても……」
「まぁ、そんなところも好きですけど」
抱いていた手に力を込めれば、ななこは「ちょっと、周りに見られるから」と抗議の声を上げた。照れるくらいしてくれたらいいのにと、抱き締める力を強めると、諦めたのか溜息がひとつ聞こえた。
「……花京院くんって、変わってるよね」
「急に何を言い出すんだい?」
失礼じゃあないか、と不貞腐れれば、ななこは僕の腕をぎゅうと掴んで、俯きがちに言葉を零した。
「……なんでもない。私も好きだよ」
俯いた首筋がほんの僅かに染まっているのに気付くのはもしかして僕だけなのかもしれないと思うと、優越感だか独占欲だかわからない気持ちで胸が満たされる。
「ななこはクールですけど、今ちょっぴり照れてるのくらいはわかりますよ」
「……ッ、言わないでよ」
恥ずかしいじゃあない、と僕を睨みつけたななこの頬がパッと見てわかるくらい赤くなっていて、なんだかとても嬉しくなってしまったんだけど、言ったら怒られるだろうか。
「……いまの顔、ものすごく可愛い」
キスしてもいいかい? なんて、怒られるのを覚悟で言ったら、案の定「花京院くんのばか」と言われたんだけど、僕に向かってきたななこの手は、叩くんじゃあなく僕を引き寄せて、不意打ちでキスまでしてきたもんだから、今度は僕が真っ赤になる番だった。
20171226
こしじまさま、タグに反応ありがとうございました!
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bkm