「花粉症っスか」
仗助くんに会ったら、開口一番そう言われた。
「そうなの、……っ、ごめんね、はなつまってて」
めちゃくちゃカッコ悪い声だけど、もうこの季節は仕方ない。顔を大きく覆うマスクをしていてこれだから、外したら死んじゃうかも。
仗助くんは私の化粧っ気の薄い真っ赤な目(涙目だし擦っちゃうからラインが引けないんだ。)をまじまじと見ると、こともあろうか「なんかエロいっスね」と呟いた。
「……っ!? え、ろいってなに!」
驚く私を見てちょっぴり気まずそうに笑った仗助くんは、だって、と唇を開いた。
「涙目で化粧も普段と違くて、なんつーか、一緒に寝てる時みてーだなァって」
「ッ、ばか!」
「なぁ、そのマスク取ってよ。キスしよーぜ」
そう言って仗助くんは私のマスクに手を伸ばすから、慌ててその手を叩き落とした。
「えー、なんでっスかー」なんて頬を膨らます仗助くんは、花粉症の辛さをちっとも分かっちゃあいない。
「鼻真っ赤でカッコ悪いし、それに、……鼻詰まってるから、キスなんかしたら死んじゃうもん!」
鼻が詰まった状態で唇を塞がれたら、普通に考えて死ぬ。しかも仗助くんがこんな瞳をしているときは、そう簡単に唇を離してくれないことを私は知っている。
私の必死の訴えを聞いた仗助くんの反応は、思ってもみないものだった。
「ちょ、待ってください……あの、煽ってんスか?」
「はァ!?」
今のどこをどう聞いたら「煽る」なんてことになるんだろう。でも仗助くんは、めちゃくちゃ真剣な顔(大抵ベッドに入ろうとするときに見せるんだよこれ)で、ぐい、と私を抱き寄せた。
「……そんな顔で、『キスなんかしたら死んじゃう』とか言われたらもーヤバイっスよォー」
ほんとやめてくれよ、と彼は私を胸に抱き込んだ。私にしてみたらこっちの方が『やめてくれ』だ。マスクのすぐ向こう、花粉をたっぷりくっつけたであろう仗助くんの学ランが押し付けられる。
「……っくしゅ! ちょ、離し……ッ、」
バタバタと暴れたら布にくっついてた花粉が散ったらしく、またクシャミが出た。
仗助くんは私の止まらないクシャミでようやっとコトの恐ろしさに気付いたらしく、心配そうに「大丈夫っスか?」と私の顔を覗き込んだ。
「だから、ッだめ、だってぇ……」
ぐずぐずと鼻をすすりながら言う。マスクの中は結構な惨事だけど、仗助くんはこんな苦しみを微塵も知らないのがほんとムカつく。
「……でもめっちゃ可愛いっスね」
ふにゃ、と垂れ目をさらに緩めてそんなことを言ってのけるもんだから、私は心の中で、その目玉落っこちちゃえ、と毒づいた。
20180226
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bkm