私の王子様、の続き
煌めく夜景、泡の立つシャンパン。
騒がしい音楽、ミラーボール、度の強いお酒。
私がこの日に目にすることができたであろうものたちは、多分全部とても贅沢だったのだろうけど、それを全部断ってしまったのは、花京院くんが真っ赤な頬で「クリスマス」の五文字を口に出したから。
花京院くんと恋人になってから私の世界は狭くなったような気もするけど、それまでよりずっと幸せなんだから不思議だ。
「……こんにちは」
「いらっしゃい」
緊張した面持ちの花京院くんは、玄関先で頭を下げると、「お邪魔します」なんて律儀に挨拶をして部屋に上がった。クリスマスに何をしよう、と掛けた電話でまさか家に来たいなんて言われるとは思わず、多少驚いたけど、なんだかんだ私も張り切ってガラにもなくケーキを焼いたりしてしまったわけで。
「……ねぇ、本当にどこも行かなくて良かったの?」
「……はい。あの、一緒に…パーティしたくて」
彼は大きなカバンをそっと下ろすと、「一緒に、ゲームしませんか」とはにかみながら笑った。なんだかそれがとっても新鮮で可愛くて、思わず「いいよ」と返せば、彼はそのカバンからゲーム機を取り出してテレビにつなぎ始めた。てっきりトランプとかテーブルゲームだと思っていたから、テレビゲームが出てきてびっくりする。
「やだ、テレビゲーム持ってきたの?」
「えっ? あ、……だめ、でした?」
ダメじゃないけどびっくりした、と笑えば、花京院くんは安堵した表情で、いそいそとテレビに配線を繋ぐ。うちのテレビでもできるんだね、と感嘆の声を上げれば今度は花京院くんが「当たり前じゃあないですか」と笑った。
「知らないよ、ゲームなんてやらないもん」
「……そう、ですよね、」
私が頬を膨らますと花京院くんはちょっぴり寂しげな声を出した。ああもうこの子はそーいうのがズルい。
「……で、どうやるの? それ」
「!! 今、説明しますね!」
スイッチを入れると花京院くんはキラキラした瞳で私にゲームの説明をしてくれた。前に行ったゲームセンターでもだけど、本当に好きなんだなって思わず頬が緩んでしまうくらいにわかりやすい。
「ん、大体わかったよ。……対戦しよう」
「いいんですか!」
花京院くんは飛び上がらんばかりに喜んで、コントローラーを握りしめた。対戦、と言っても花京院くんに敵うわけもなく、それでも、ハンデの量がどうだとか技が出ないだとか騒いですごく楽しかった。……クリスマスか、と言われればちょっぴり首を傾げたくなるけど、私にとっては十分に特別な日だよな、なんて。
「……花京院くん、勝負しよう。もちろん、賭けて。負けた方が勝った方の言うことひとつ聞くの。決まりね!」
「え?」
敵わないのはわかってるけど、クリスマスだし何か願い事のひとつくらい聞いてあげよっかな、って勝負を持ちかけた。花京院くんは「いいですよ、」と笑ってたっぷりのハンデをくれた。そうして、今日一番の接戦の後に、今日初めての、私の勝ち。
「……花京院くん、わざと負けてない?」
「……そ、んなこと……!」
あんまり慌てるから図星だってすぐにわかる。どうして、と不貞腐れれば、彼は恥ずかしそうに「ななこさんの、願い事があるなら…叶えてあげたいなって」と笑った。
「……ッ! そう、じゃなくて! 私が花京院くんのお願い聞こうと思ったの!」
思わずそう声を上げれば、花京院くんは驚いて瞳を瞬かせた。しまった、と思うより先に、ぎゅうっと抱き締められる。
「僕ら、おんなじこと考えてたんですね」
「……う、ん、……そうみたい……」
でも、ななこが勝ったんだから、僕が言うこと聞きますよ。なんて、八百長されても嬉しくないし、そもそも花京院くんが勝つと思ってたからなんにも考えてない。
「で、僕は何をしたら?」
「うーん……じゃあ、私が作ったケーキ、食べて」
「……つくった、って……え、」
花京院くんがあんまり嬉しそうにするもんだから恥ずかしくて、腕を抜け出して「ケーキ食べよ!」と台所に逃げた。
「……ねぇ、なんかとても意外なんですけど」
「……私だって、初めて作ったから……味の苦情は受け付けないよ」
賭け、負けたんだから不味くてもちゃんと食べてよね、と言えば花京院くんは恥ずかしげもなく「ななこさんが作ったんだから、言われなくたって喜んで食べますよ」と返した。
「……ちょっとくらいクリスマスらしいことしなきゃあね」
「……そう、ですね」
僕も実は、と花京院くんはカバンから小さな包みを取り出し、私に差し出した。
「これ、あの……メリークリスマス」
「あ、ありがとう……」
開けてもいい? と許可を得てから可愛らしい包みを解けば、中身はこれまた可愛らしいネックレス。花京院くんがこれを選んだと思うとなんか、……正直、すごく嬉しい。
「……つけて、くれますか」
「もちろんだよ!」
いそいそと首筋にネックレスを付ければ、花京院くんは満足気に笑って、「良かった。思った通りよく似合う」なんてとんでもない口説き文句を唇から落っことした。
「……花京院くんって、たまにさらっとすごいこと言うよね」
「? なにがですか?」
言葉の意味が分かっていない様子の彼に溜息をつきながら、ケーキを取りにキッチンへ向かう。ケーキを取りに行くだけで、熱い頬を見られたくないわけじゃあない。断じて。
心の中で精一杯の言い訳をして騒がしい心臓を宥めると、私は意気揚々とケーキをテーブルに置いた。
「花京院くん! ケーキたべよ!」
Merry Christmas2017!
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bkm