dream | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

戸惑いの隣に

「花京院くん」と呼ばれるのが好きだ。
鈴を転がしたみたいな可愛らしい声で、はにかみながら僕を呼ぶななこ。とても可愛らしいから、何度だって呼んで欲しい、なんて思っている。

「……花京院くん、今日提出のノートなんだけど」

「……あぁ、すまない。今提出しますね」

名前を呼ばれたくてわざと出さなかったなんて、君は思いもしないだろうか。ななこは小首を傾げて「花京院くんが提出遅れるなんて珍しいね」と笑った。たしかにその通りなんだけど、まさかななこがそんな風に思ってくれているとは思わず、顔がにやけてしまう。

「……よろしくお願いします」

「かしこまりました」

冗談混じりにウインクなんかされてしまっては、心中穏やかではいられない。
口から飛び出しそうな心臓をどうにか宥めながら、ノートを抱えて教室を出て行くななこの背中を見送った。
片思いもいいところだ。誰かに相談するにしたって、なかなか恥ずかしくて口に出せないし、なんでも話せる僕の「友人」は言ってしまえば僕自身のようなものだしそもそも何も語ってはくれない。だからどうにもアプローチのしようがなくて、こうして眺めるだけになってしまう。まぁそれでも、ななこが可愛いから今のところ満足ではあるんだけど。

「……あれ、花京院くん。まだ帰ってなかったの?」

「あぁ、今帰ろうと思っていたんです」

置きっ放しにされたななこのカバンを見て残っていた、なんてやっぱり言えない。もちろん、「一緒に帰ろう」なんて台詞だって、喉元に引っかかって出てこない。

「そうなの? 花京院くんの家、どっち?」

ななこは何が楽しいのかニコニコと笑いながら帰り支度をしている。彼女はいつもそうだ。友達といても、いつも楽しそうに微笑んでいるもんだから、見ているだけで幸せな気持ちになる。

「僕は、あっちなんだけど、」

「……じゃあ、途中まで一緒帰ろ?」

僕がどうやったって言えないような言葉を、ななこはなんでもないことみたいに言って、僕を見る。耳を疑うような言葉に思わず「い、一緒に!?」なんて声が出てしまって、恥ずかしくて顔を背けた。自分の頬が赤いのは鏡を見なくたってわかる。

「そんな驚かなくても。」

ななこは僕の反応を見てケラケラと笑いながら、迷惑だった? なんて悪戯っぽく笑う。僕が勢い良く首を横に振るのを見て、また声を上げて笑った。

「……ななこも、同じ方向なんですか?」

「うん。そうだよ。……良かった、一緒に帰れて」

聞き間違いかと思ったけれど、ななこは間違いなくそう言った。『良かった』って、どういうことなんだろう。それは『僕と』一緒に帰れることなのかそれとも単に暗い道を一人で歩かなくて済むことへの安堵なのか。考えたってわからないけれど僕にそれを聞く勇気があるはずもなく。

「……か、帰ろうか」

慌ててカバンを掴んで立ち上がると、ななこは「待ってよ花京院くん」と、少しばかり不満そうに僕を呼んだ。今までに聞いたことがないトーンで呼ばれた名前に、心臓がドキリと鳴る。

「あっ、ご、ごめん」

「ううん大丈夫。ちょっと待ってね」

ななこはふわふわしたマフラーを首元に巻いて、窓ガラスを見ながらそれを整えた。満足げに唇の端が持ち上がるのを、思わず凝視してしまう。

「よし、行こ?」

「あ、うん。行こうか」

ななこに声を掛けられてハッとすれば、また笑われた。

「……花京院くんって、思ってたよりずっと話しやすいんだね」

「……それは、どういう意味、かな……」

訝しげにそう返せば、ななこは「だってあんまり誰かと話してるの見たことないし」とわずかばかり気まずそうに言った。それからフォローするみたいに「……わたし、花京院くんと話してみたいって思ってた、んだけど」とはにかんだ。

彼女はそんなつもりじゃあないんだ、と何度心で繰り返しても、どうしたって期待してしまって頬が緩む。言うつもりなんて微塵もないのに、唇は勝手に「僕もだよ」なんて言葉を零した。

「ホント? 嬉しい。今日はおしゃべりしながら帰ろうね」

ななこは屈託のない笑顔でそう言うと、僕の隣に陣取り、忙しなく足を動かしながら次々に質問を投げかけてくる。それに答えるたびに嬉しそうにするななこが可愛くて可愛くて、気付かないうちに饒舌になってしまう自分がいた。

「……あのさ、花京院くんは、一人が好きなの?」

「そういうわけじゃあないけど……みんな僕とは違うから、」

思わずそう零せば、ななこはきょとんとした顔で「違う、って?」と僕を見た。しまった、と一旦は口を噤んだけれど、今まで自分の話をしていたせいか、ななこになら話してもいいかななんて、思ってしまって。

「……僕には、僕にしか見えない『友人』がいるんだ」

あぁ、こんなこと言ったら嫌われてしまう、と思ったけれど、もしかしたら、なんて期待がそれを凌駕した。僕の言葉を聞いてもなおきょとんとしているななこを見て初めて後悔する。今からでも、誤魔化せないだろうか。

「……ごめん、冗談だよ」

「ねぇ花京院くん、その『友人』って、今花京院くんの隣にいる?」

ななこがやけに真面目な顔でそう告げるもんだから、僕はさっきの彼女みたいな顔でななこを見た。もしかして、君も? と言うよりも先にななこは笑って、「ごめん、冗談だよ」と言った。

「……あ、」

あからさまに落胆した僕を見て、ななこは酷く慌てて「ごめんね花京院くん、」と頭を下げた。それからまた真面目な顔をして、ゆっくりと唇を開く。

「あのね、その……私も花京院くんとは『違う』けど、でも、……もっとたくさん、花京院くんと話したい」

ダメかな、なんて不安げな瞳で僕を見上げる彼女は可愛い。けれどなんていうか、彼女にハイエロファントが見えないとわかった落胆やら、憧れの女性がこんな近くで僕に好意を(少なくともこれは悪意ではないはずだ)向けてくれている喜びやら戸惑いやら、いろんな感情が綯い交ぜになって、素直に喜べない。あぁ、何も言わない僕の友人よ、僕は一体どうしたらいいんだろうか。

20171209

凪さまへ!リクエストありがとうございました!


萌えたらぜひ拍手を!


prev next

bkm