短編「Buon Compleanno」の続きで、二人の馴れ初め話。
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隣でスヤスヤと気持ちよさそうに眠るななこ。誕生日もあと数分でお終い。
彼女にとっては普段とさして変わらない平凡な1日だったんじゃないか。そう心配してはいたが、この安心したような表情を見て、杞憂だったことを知る。
そっと髪を撫でると、彼女は小さく身じろいだ。
出会ったときはこんな関係になると思わなかったと、寝顔を見つめながら思う。
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「…その花はどうした?」
アジトのテーブルに飾られた一輪の白い百合。花瓶が見当たらなかったのだろう、ワインのボトルに挿してある。
「あ、おかえりなさい兄貴。…こいつはですねぇ…」
花を飾ったのはどうやらペッシらしい。何やら頬を赤らめるマンモーニ。
詳しく聞いてみれば、買い出しによく行くスーパーの道すがら、花屋の娘に渡されたという。なかなかやるじゃあねえか、ペッシ。
「えー、なになにペッシが花もらったって?…その娘、オレも見てみたいな!」
いつの間にかメローネが帰ってきて、行こう行こうと急かすので、3人で彼女を見に行くことにした。
「…いらっしゃいませ、あら?」
店の前に立っていた彼女は、ペッシに気がつくとにっこりと笑った。
「素敵なお兄さん方。百合は気に入っていただけた?」
「はッ!ディ・モールト可愛いじゃあないか!」
メローネの目が輝いている。確かに可愛らしい。艶のある黒髪に黒い瞳、赤い唇。東洋人のせいか口調より大分幼く見える。
「シニョリーナ、先程はうちの弟分に花をありがとう。」
「…あぁ。いつも沢山荷物を持ってうちの前を通るから気になっていて…ずっと、カサブランカみたいだなと思ってたの。」
どうやらペッシの頭が百合の花のようだと言いたいらしい。言われてみれば似ていないこともない。
「…変わったヤツだな。」
「ねぇ、ディ・モールト可愛いお姉さん。僕のベイビィを産んでみな…痛いっ!」
メローネの足を思いっきり踏んづけてやる。涙目で睨み付けてくるので蔑みの視線を送っておいた。
「ふふっ、楽しそうね。ベイビィって、口説き文句なの?」
そんなやりとりも呑気に眺めて笑っている。
メローネにも怯まないなんて、相当なタマなんじゃあないだろうか。
「こいつのことは気にしなくていい。…シニョリーナ、花のお礼は何がいい?」
「そうね、皆さんの名前が知りたいと思うわ。…私はななこ。よろしく。」
「かわいい名前じゃあないか!ななこ。オレはメローネ。こっちはペッシで、こっちはプロシュート。」
メローネがしゃしゃり出て俺たちの名前を述べる。余程気に入ったんだろうか。
「…ペッシくん、と、プロシュートさん。」
「オレは!?」
「メローネ!」
「ベネ!」
至極あっさりと打ち解けていやがる。変な女。
綺麗な笑顔で、通りかかったら寄ってくださいね。なんて笑っている。
「通りかかる用事がなくても、君に会いに来るよ。」
「ありがとう。お花を買ってくれたらもっと素敵よメローネ。」
メローネをさらりとかわしてにっこりと笑う彼女の前には、どんな花だって平伏すだろうと思った。
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それから、彼女は俺たちの暮らしにひどく自然に溶け込んだ。
メローネは彼女目当てによく買い出しに行くようになったし、ペッシは彼女の弟分としてよく可愛がられているようだった。余った花がアジトに活けられることも増え、手入れを教わったペッシの力で、長くその姿を止めているようにもなった。
「あ、プロシュートさん。珍しい、今日は一人?」
任務帰りの俺を見つけたななこが、花を世話する手を止めてこちらを呼んだ。
人を殺したばかりで、花など見る気にはならないというのに、足は勝手に彼女のところに向かう。
「あぁ、今日も仕事か。大変だな。」
「ねぇプロシュートさん、私聞きたいことがあって。…ペッシくんとは、その、アレな関係なの?」
『アレな関係』とは。怪訝そうに彼女を見れば、頬を染めて「恋人なんじゃあないかって…」なんて言ってやがる。
「そんな心外な勘違いは止してくれ…」
「…え、だってペッシくん、二言目には兄貴が兄貴が、っていうからてっきり…。メローネに聞いても意味深だし。」
きょとん、とするななこ。どうやらメローネが面白がって有る事無い事吹聴したようだ。
メローネあとでブッ殺…いや、終わってから言おう。
「ご期待に添えずすまないが、俺は女性専門だ。…なんなら試してやってもいいぜ?」
「…お手柔らかに。」
冗談のつもりで言った一言を、肯定で躱される。振り払われると思って顎を持ち上げたのに、そのまま見つめられてしまっては、口付けるしかない。
そうして、とても簡単に始まった関係の筈だった。
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ななこは変な女だが、今までのどの女よりも居心地が良かった。
余計な詮索はしないし、放って置いても文句は言わない。けれど『都合のいい女』にはさせない何かを持っている。
「…俺がハマってどうすんだよ。…なぁ…。」
よく考えれば、花屋に花束なんてプレゼントにはならなかったなと思う。
けれど、沢山の花に囲まれるのが、やっぱりコイツには一番似合う。
すやすやと眠るななこは、きっと朝まで目覚めないだろう。
このまま帰ってしまうのも、眠ってしまうのも勿体無い気がして、眠る唇にそっと触れる。
あどけなさの残る寝顔。話し方は大人びている癖に、眠っていると子供のようだ。
時計を見れば誕生日は過ぎてしまっていて、来年もこうやって祝ってやれるといいなどといささか少女趣味な考えが頭を過る。
そういえば、大切なことを忘れていた。
目が覚めたら一番に、言ってやろうと思う。
「Ti amo」
たった一言、愛の言葉を。
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「…おはよう、プロシュート。帰らなかったのね。」
「おはようななこ、愛してる。」
寝ぼけ眼を擦りながらベッドを出てきたななこに、昨日決めていた通り、朝一番で愛の言葉を。
「…寝ぼけてる、の…?」
「これが寝ぼけている男のキスか?」
俯きがちな彼女の顎を捕まえる。苦しくなったななこが胸をトントンと叩くまで、貪るように口付けた。
「…っ、プロシュート…」
「悪ィ、昨日言い忘れたんだ。」
唇の端を吊り上げてみせれば、恥ずかしそうに頬を染めて。
「…嬉しい。ありがとうプロシュート。」
幸せそうに笑うから、思わず絆されてしまいそうになる。でも、俺は未だにコイツから愛の言葉を聞いたことがない。
「…返事は、そうじゃねぇだろう?」
捕まえてじっと見つめれば、困ったように揺れる瞳。今までの女はみんな軽々しく愛を囁いていたけれど、コイツはどうやら違うらしい。変な女。それとも日本ではみんなそうなのか。
「わ、たしも…あいしてる、プロシュート…」
瞳を伏せて、睫毛を震わせて。
やっとの思いで発したであろう言葉を、閉じ込めるように口付けた。
「…よくできました、ななこ。」
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bkm