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仮面紳士の憂鬱な日

彼は今日もいる。
毎週決まった曜日の決まった時間、決まった席に座る人。
目立たない雰囲気なのにネクタイはドクロ柄。よく見るとすごく格好いい。

私は彼が気になって仕方なくて、会話の糸口を掴むべくその喫茶店でバイトをするまでに至った。我ながら気持ち悪い発想ではあるけど、恋する乙女なんだから仕方ない。

「…お待たせいたしました。」

彼のきっちりと判で押したような暮らしに私が混ざれることがあるんだろうか、なんて考えながらコーヒーを運ぶ。
コーヒーを差し出すと、いつも静かにありがとうと言ってくれる彼のことが、もっと知りたい。

「…あの、」

「…何か?」

思わず声をかけてしまうと、彼は視線を下ろしたまま返事をする。

「いつもありがとうございます…ッ!」

声をかけるつもりはなかったので、何も言葉が浮かばず逃げるようにその場を去る。彼は私に声を掛けられたことなんてなかったみたいな顔で、いつもの通り食事をしている。
私はといえば、思わず話しかけてしまったドキドキが止まらず、どうしても彼が気になって食事の邪魔になるとは分かっていても視線を送らずにはいられなかった。

*****

「…はぁ。」

溜息が零れる。
あの時思わず声を掛けてしまったけれど、彼は私なんて見えていなかったんじゃないかってくらいいつも通りに帰って行って、それからも何も変わらず判で押したような来店。

私は彼への「いらっしゃいませ」の声さえ上擦ってしまうというのに。
それでも顔が見たくて、なるべくテーブルの近くで仕事をする。隣のテーブルを拭いていた時、背中越しに不意に声が聞こえた。

「すみません、注文を。」

「お伺いします!」

追加のオーダーなんて初めてで、手を止めて彼の隣に立つ。彼が発した言葉は私をさらに驚かせた。

「今夜の…君の時間をいただきたいのですが。」

「…え、?」

食事に行きませんか?と、彼は視線を少しだけ上げて言う。私が勢いよく頷くのを見て満足げに微笑み、それから名刺を一枚ポケットにそっと落とした。

「…たしか6時までだったかな。迎えに来るよ。」

そう言って彼はいつもの通り帰っていく。あまりの出来事に身動きが取れず、ただ茫然と立ちすくんでいたら店長に怒られた。

パントリーでそっと名刺を見てみる。書かれた名前をそっと呟く。吉良さん、と呼べばいいだろうか。そういえば、私の名前を教えていない。

*****

もっと可愛い格好をしてくればよかった、と思う。帰って着替える余裕は無いだろうかと慌てて店を出ると、一台の車が静かに近づいてきた。

「…吉良さん。」

「…お疲れ様。さぁ乗って。」

言われるがまま助手席に乗り込むと、車はすぐに走り出した。
そうして高台にある少しばかり敷居の高そうなレストランに到着すると、吉良さんは私の手を引いて店内までエスコートしてくれた。

「あの、吉良さん…」

「わたしは車で来たのでね。…君は飲むといい。」

そういって吉良さんは、手慣れた様子で注文を済ませた。
手元に出されたグラスに唇をつけると小さく泡が弾ける。

「シャンパン?」

そう呟くと、答えの代わりに柔らかい笑み。視線はグラスに注がれているから、あっているってことなんだろうか。

「あまり飲みすぎないように。」

そう言われたのだけれど、うまく話せない不安と緊張でついついグラスに手を出してしまい、食事が終わる頃にはだいぶ酔ってしまっていた。

「きらさんのこと、ずぅっとすてきだなって思ってたんです。」

立ち上がり様によろけてしまった私の腕を吉良さんが支えてくれた。

「それはありがとう。けれど今はまっすぐ歩くことを考えなさい。」

吉良さんは苦笑して、私が転ばないように肩を抱いてくれた。足元は少し覚束ないけれど、そんなには酔ってないと思う。

車までエスコートしてくれる吉良さんはすごく大人だなぁと思う。ドアを開けてくれたのでお礼を言おうと口を開いた瞬間、衝撃が走った。

「きゃあっ!」

「黙って。」

唇が塞がれる。それが吉良さんの唇だということに気付いたのは舌を絡め取られて目尻に涙が滲む頃だった。

「んぅ…ッは…」

なんだかわからないままに唇が離れて、状況を考えようとアルコールで回らない頭を必死に働かせる。

「顔が赤いのは、アルコールだけのせいかな?」

どうやら車の後部座席に押し込まれていることを、視界に入るルームランプで知る。
そうか車か、なんて思っている間に、吉良さんの手が私の服の裾から入ってきた。

「ひゃ…っ、きらさん…ッ!?」

「いつも、わたしのことを見ていただろう?」

ねぇななこ、と呼ばれて思わずびくりと反応してしまう。吉良さんの手は容赦なく私の素肌を晒していく。

「…だって、きらさん…っが…かっこい…からぁ…」

「今日はお返しに、ななこのことを沢山見てあげようね。」

そう言うと、吉良さんは私の服を足元に落として、晒された肌をまじまじと見た。

「え、わたしの…なまえっ…なんで知って…」

「名札が付いていただろう?…ここに。」

そう言って、胸を鷲掴みにされる。確かに名札は胸元だけど、今は名札どころか何も身につけていない。何も纏っていない肌を見つめられていると思うだけで、頭がくらくらしてしまう。憧れの彼に、こんな姿を。

「やっ、見ちゃや…」

恥ずかしくて手で顔を覆えば、吉良さんはなぜだかとても嬉しそうに言う。

「あぁ、その方がずっといい。君の手は、美しいからね。」

「…きらさんっ、」

手を取って指先を舐められただけなのに、腰が疼く。舌先から逃れようと手を動かしたけど、狭い車内と酔った頭では逃げようがなくて。

指先が唾液で濡れていく。暗がりの筈なのに吉良さんの舌だけがやけに紅い。

「…こんなことだけで濡れてしまうのかい。」

はしたない子だね、と耳元で囁かれて吐息が溢れる。まだ見ても触ってもいないのにと思うのだけれど、体の奥が熱いのは紛れも無い事実で。

「…ちがっ…」

否定の言葉を吐くと、じゃあ自分で確かめてみなさい、と掴んだ手を自分の下着の中に入れられる。
ぐちゅ、と卑猥な音がして手が汚れるのが分かった。触っているのは自分の手なのに、私はどうしてこんなに声を上げているのか。

「ほら、ちゃんと準備して。」

吉良さんは自分の指と私の指を一緒に中に押し込んだ。自分で触っている感触はあるのに、別の指が中で蠢いてなんだか訳がわからない。

「やっ、ん、吉良さんッ…や…です…」

「もうぐちゃぐちゃになっているのが、自分で分かるだろう?」

言われるまでもない。濡れているのもきゅうと締めつけられているのも、自分の指なのだから。

「…やだぁ、ッ…」

「身体はそう言っていないようだがね。…ほら。」

指を抜いて私の手を引き、見せ付けるように顔の前に翳す。外の明かりに照らされててらてらと光る指先を、吉良さんはまた口に含んだ。同時に、身体を押し開かれる。

「ああぁっ!」

押し込まれる度にギッ、と車が揺れる。
背中を預けるにはいささか心許ない揺れに、空いた手で必死に彼にしがみ付いた。

「あまり大声を出すと、外にばれてしまうよ。」

そう言われて、ここがレストランの駐車場であることを思い出す。
店内は比較的空いていたけれど、見られないという保証はどこにもない。

「っう、…く、ぅ…ッ…」

唇を噛んで声を抑えようとするけど、どうしたって止められなくて。
苦しくて気持ちよくて、せり上がってくる何かには到底耐えられそうにない。

がつがつと穿たれるのに合わせて車が揺れて、もう全部ぐちゃぐちゃで唇を閉じていることなんてできなくて。

「やっ、あ、…ッあ、ああぁっ!!」

「…ッ…く、!」

吉良さんにぎゅっと手を握られながら、声を上げて達した。

*****

「…っ、きらさん…」

ぼーっとする頭に必死で酸素を送る。吉良さんは私の手をそっと撫でて、身体を離した。

「家まで送ろう。場所さえ教えてくれたら、あとは眠っていて構わないから。」

そう言うと、何事もなかったかのように運転席に戻って車のエンジンをかけた。

「…ありがとうございます…」

住所を告げると吉良さんはそれだけで大体の場所がわかったらしく、近くまで来たら起こすから横になっていなさいと言ってくれたので、後部座席に転がったまま瞼を下ろした。

車は静かに走り出し、私はいつの間にか暖かな微睡みに落ちた。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm