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憧れの向こう側

吉影さんは俺の憧れだ。
なんでもできて、いつもクールで。

「わたしは植物のように平穏な暮らしをしたいんだよ。」

なんて柔らかく微笑む姿は、いつも、俺の心に一陣の風を吹かせる。
これが「憧れ」ってやつなんだと、思う。

吉影さんの家にお邪魔するようになったきっかけはもう忘れてしまったのだけど、この和室はとても居心地が良くて、学校帰りに寄っては、他愛もない話をしてお茶を飲んで帰る。
時々、食事をご馳走になることもある。

「ねぇ吉影さん。吉影さんはさぁ、一番になるのが嫌いなの?」

なぜだか三位の賞状ばかりの部屋。どれを見ても三位だってことは、わざとそうしているんだろうと思う。それができる吉影さんなら、一番になるのなんて容易いことだろうに。

「わたしは、他人と争うのが嫌いなのだよ。」

「静かに暮らしたいんですもんね。吉影さんは。」

吉影さんが口癖のように言っているからか、俺もなんだか平穏な毎日が愛おしく思えてくるから不思議だ。

「…でも、ちょっと…違う吉影さんも、みてみたいかなー…なんて。」

慌てているところとか、切羽詰まっているところとか。そういう顔も、見てみたい。
大人の余裕を崩してみたいというのは、俺の子供じみたワガママなんだけど。

「違う、っていうのは、例えばどんな?」

「…えー、なんだろう。言われると困るなぁ…彼女を口説いてるとことか?」

あぁ、でも吉影さんは女性を口説く時もスマートにふんわりと、いつもみたいに話すのかな。吉影さんといるのに、幸せな優しい、平和な時間じゃないなんて想像つかないなー…なんて呑気に思っていると、不意に吉影さんが俺の手を取った。

「わたしに、ななこを口説かせてくれるっていうのかい?」

そう言って俺を見る吉影さんの目は、肉食獣のようだった。

「…よ、しかげさ…ん…?」

「…君の手は、とても女性的で、美しい。」

そう言うと、吉影さんは俺の手に頬擦りした。ざらりとした肌の感触と、ぬくもり。

「…あー、よく言われる。女みたいな手だって。」

そんなところまで見ていたのかと苦笑する。俺はまだ、吉影さんが冗談でそんなことをしていると思ってたんだ。
だって、まさか、吉影さんが、そんな。

「…ななこの手は、本当に…私の理想だよ…」

「…ぅわ、吉影さん、ちょ、」

べろりと指先を舐められて、手を引っ込めようとしたけれど、思いの外しっかりと吉影さんに捕まってしまっていて叶わず。

「…あぁ、最高だよななこ。」

幸せそうに名前を呼ばれて、背筋が粟立った。

「…吉影さん…」

捕まえられていない方の手で、吉影さんの頬をそっと撫でる。
大人の色香ってこういうのかな、と思わされる甘い吐息を吐いて、彼は幸せそうに目を細めた。

「…君も男なら…わたしの、してほしいことが…わかるね?」

欲望に燃える吉影さんの瞳に気圧されて、俺は頷くしかできなかった。

*****

「…はぁ、ななこ…っ、もっと…強く握って…」

そう言うと、俺の手の上に吉影さんの大きな手が重ねられ、ぎゅっと強く握らされる。

どうすればいいのかなんて女の子じゃあないんだからわかるけれど、初めて他の男性を、それも性的な意味でもって触るなんて、思ってもみなかったから戸惑いが先に立ってしまう。

「吉影さん、あの、俺ッ…」

「…ん…っ、あ、イイよ…」

投げかけようとした戸惑いの言葉は、吉影さんの色っぽい声に消されてしまう。

どうしよう。

体に籠り始めた熱を意識してしまえば、そこからはあっという間で。
反応してしまった自分をなんとかしたいけれど、生憎両手とも吉影さんに掴まれてしまって何もできない。

「…ッは…ー…」

熱を逃がしたくて溜息を吐けば、俺の手を見つめていた吉影さんがちらとこちらを向く。

「…あぁ、わたしばかりではいけなかったね。」

そう言うとあっという間に俺のズボンを下ろしてしまう。布を押し上げていたそれが、吉影さんの手によって外気に晒される。

「吉影さん…、恥ずかしいよ…」

ベタベタになってしまった手では顔を隠すことも抱きつくことも憚られて、ただ俯くことしかできない。

「…触ってもいないのにこんなにして…いけない子だ。」

腰を抱き寄せられてバランスを崩した俺は、慌てて吉影さんに抱きつく。
視界いっぱいに吉影さんがいて、胸一杯に吉影さんの香り。なんだかくらくらしてしまって、ぎゅっとしがみついた。

「さあ、続きをしようか。…手を。」

「…ん、」

身体を少しだけ離して、言われるままに再び手を差し伸べる。
吉影さんは俺のと自分のモノをくっつけて、その大きな手でまとめて扱き上げた。

「ぅあ、ッん、…」

自分でするのとは全然違う熱に思わず声が出てしまい、慌てて唇を引き結ぶ。
恥ずかしくて肩口に顔を埋めれば、吉影さんが耳元で囁いた。

「…君の声は、耳に心地いい。…魅力的なのは手だけじゃあなかったんだな。」

「…っう…ぁ…」

耳からの刺激なのに、腰がビクついてしまうなんて、俺の身体はどういう回路をしているんだろう。
悔しくて掌に力を込めれば、甘い吐息が聞こえる。

「…よしかげ、さ…俺、もぉ、出そ…」

「…もう少しだけ、我慢しなさい。」

そう言うと吉影さんは刺激を緩めた。もどかしくて腰を揺らすと、吉影さんのが擦れて気持ちいい。
腰を押し付けながら吉影さんのを扱く。早くイカせて欲しくて、ヌルつく先走りを吐き出す鈴口に軽く爪を立てた。

「…っこら、ななこ…ッ…」

お仕置き、と言わんばかりに吉影さんはぐちゅぐちゅと音が聞こえるほど激しく責め立ててきて、俺は我慢できずに達してしまった。

「…ッあ、やぁッ…ん、んんっ…!」

少し遅れてもう一度、暖かい飛沫が降りかかるのを感じた。

「…ふぅ…やはり素晴らしい手だ…殺さなくて正解だな…」

吉影さんは俺の手を大切そうに撫でて、そう呟く。なんだか不穏な台詞だけれど、上手く回らない頭で考えるのが面倒でやめた。

「…吉影さんさぁ、…そんなに…好き?」

「…あぁ、好きだよ。」

そう言われると、思わずニヤけてしまう。
多分手だけなんだろうけど、それでもいいかと思えてしまうってことは、俺は吉影さんが好き…なのかな。

吉影さんはすっかり力の入らない俺を連れてお風呂場に行って、綺麗にしてくれた。
借りた服を着て和室に戻ると、手招きされた。言われるままに近づけば、吉影さんの膝の上に座らされ、後ろから抱き締められる形になった。背中が、あったかい。

「…手入れを、しなくてはね。」

いい匂いのするハンドクリームが優しく塗られていくのを見つめているうちに、暖かな眠りに落ちた。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm