「…おい。」
目の前の男が不機嫌そうな声を上げた。私は洗濯物を干す手を止めて彼を振り返る。
「なぁに、形兆さん。」
「…干すならキッチリ干せ。」
「了解しました大佐殿!」
持ったシャツを勢い良く振り降ろすと、ぱん!と小気味良い音が鳴る。私はこの音が好きだけれど、男物の大きなシャツでこれを鳴らすのは一苦労だ。
彼は小さく溜息をついて、私がくっつけた洗濯バサミを外し、パァン!と彼のスタンドの発砲音にも負けない音で、シャツのシワを伸ばした。きっちりと干し直された白いシャツは、太陽に向かって誇らしげにその身を翻す。
「…さすがです!」
「…フン」
でも私にはこの物干しは少し高い。背伸びしてようやっと洗濯バサミが届くのに、形兆さんみたいにきっちりとは干せるわけがない。
よっ、と掛け声をかけて引っ掛けた白いシャツは、せっかくシワを伸ばしたのにふうわりとだらしなく竿を跨いだ。
「形兆さん。」
「…なんだ。」
「踏み台があったら、私もきっと形兆さんみたいに綺麗に干せる気がするんですけど。」
思いっきり腕を伸ばして両脇を引いてみたけれど、形兆さんが干したみたいにきちんとはしない。
「そんなもんはウチにはねえ。」
「…ですよね。」
なら形兆さんに干してもらおうか、と思ったのだけれど、普段この家のことを頑張っている彼に、僅かばかりの余裕を与えたいと志願した私としては、いまさらできませんなんて言えるはずもなく。
辺りをキョロキョロと見渡したけれど、形兆さんが指揮をとるこの家に無駄なものがあるわけがなかった。次に来るときは踏み台を持ってこよう、などと思いながら私は次の洗濯物を手に取り、さっきと同じようにパン、と鳴らす。今度はハンカチだから、シャツより引っ掛けるのが難しい。
「…え、っ!?」
不意に地面の感覚が無くなり、物干し竿が目の前に来る。なにこれ、高い。
「さっさと干せ。」
形兆さんの声が背中のすぐ後ろで聞こえて、持ち上げられたと気付く。驚いて固まる私に、彼はもう一度「さっさとしろ」と言った。
「…おもくないですか」
「…全然だな。」
簡単に届く位置に来た竿にハンカチを掛ければ、形兆さんが干したみたいにきっちりとした長方形が出来上がった。真ん中を洗濯バサミで止めるのだって簡単。
…簡単だけど、これは心臓に悪すぎる。
「あの、干せましたけど…」
そう言うと彼はそっと私を下ろした。次の洗濯物でも、まさか持ち上げてくれるつもりだろうか。戸惑う私を見て、形兆さんは意地悪く笑う。
「…もう終わりか?」
「形兆さんを休ませたいのに、これじゃあ本末転倒じゃあないですか!」
私を持ち上げるより洗濯物を干す方がどう考えても簡単でしょう!?と言えば、形兆さんは厳しい顔できっぱりと言い放つ。
「敵前逃亡か、ななこ。」
「うー…この場合の敵は形兆さんな気がします!」
この歳になって抱っことか、恥ずかしすぎる。そりゃあなんか、優勝パレードとか、生まれたての王位継承のライオンとか、そう言うのだったらいいだろうけど、私はそこらへんにいる普通の女子高生だ。まぁスタンド使いだから、普通と言われると少し違うかもしれないけれど。
「あ、スタンド!!」
その手があった。
私はスタンドを発現させ、彼女に洗濯物を預ける。私が干すよりもずっと速く、思うままきっちりと干されていく洗濯物。色とりどりの布が風にはためいてまるで万国旗のようだ。…まぁ実際はパンツとか靴下なんだけど。
「できました!形兆さん!!」
「…やりゃあできんじゃあねーか。」
助かったぜ。と彼は私の頭をぽんと叩き、茶くらい淹れてやるから来い。と家に入っていく。
「…ねぇ形兆さん!」
「なんだ。」
彼の広い背中を追いかけながら声を掛けると、彼は振り向きもせず返事をした。
「抱き着く理由がなくなって残念だったとか、思ってます?」
形兆さんが返事をしない代わりに、グリーンベレーがカチャリと音を立てて私に銃口を向けた。
20161125 冷麺様ありがとうございました!!!
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bkm