「…なんつーんだあーいうの。鉄仮面?」
クラスメイトがひそひそと話す「テツカメン」ってなんだろう、と思ったのが最初。俺が「なァ、テツカメンってどーいう意味だ?」と聞くと、彼らは決まって逃げて行く。なんだよ余計に気になるじゃあねーか。
「あれ、どうしたの億泰くん?」
「おう康一。…聞きたいことがあんだけどよォー」
本当は由花子に聞けばいいんだろうけど、俺が話しかけても「虹村億泰。あなたと話してると頭が痛くなるわ」とあしらわれるから、康一にした。
「テツカメン、ってなんだァ?」
「え?…うーんと、あんまり表情とかがなくって、冷たい人のこと、かな…?」
康一は俺にもわかる言葉で説明してくれて、俺は鉄仮面なる単語を獲得した。「冷たい人」ってことはうちのクラスの誰かの話だったんだろうか。
その疑問は案外早くに解決した。よくよく見てみれば、鉄仮面っつーか、あんまよくわかんねーヤツはななこ一人。クールビューティとか称されてたのは知ってたけど、鉄仮面はあんまななこっぽくねーな。なんて思う。
無表情だし、誰かと親しい様子もない。確かに美人だけど、何考えてんのかわかんねーっつーか…きっと俺みたいにバカなことは考えてねーんだろーなァ。
「…なァ」
「…なにか、用?」
眺めてたらふと声を掛けてしまったらしい。ななこはほんの少しだけ疑念を含んだ声で返事をした。
「あ、悪ィ…なんか、声かけちまった。」
気になってよォ、と素直な気持ちを吐露すれば、ななこは「気にすることなんてないでしょ。」と取りつく島もない。
「…そう言うなよォー、な、お喋りしよーぜー」
俺が近付くと、「…罰ゲームか何か?虹村億泰くん」と言われた。何のことか分からず、目をぱちくりする。
「…ゲームなんかしてねーよ。っつーか!俺の名前…知ってんだな。」
俺が喜びの声をあげると、ななこは心底わからないといった風に首を傾げ、「クラスメイトでしょう?」と言った。
「いやそうだけどよォー、おめーみてーな美人に名前覚えてもらうとか嬉しいだろ」
「そんな格好なら誰だって覚えると思う」
これかァ?イケてんだろ!と学ランを主張するように胸を張れば、ななこは呆れたように小さく溜息を吐いた。
「んだよ、今呆れたな!?」
「…だって、子供みたいなんだもの」
そう言ったななこが少しばかり嬉しそうに見えて、なんだか俺まで嬉しくなる。確かに分かりにくいけど、別に冷たくなんかねーと思う。なんつーか、こう言っちゃあ失礼かもしんねーけど、…兄貴にちょっと、似てる。
「なァ…ななこよォ、」
「…なに?」
「俺ともっと話しよーぜェ!」
そう笑いかけると彼女は面食らったように目を見開き、どうして、とでも言いたげに目をぱちくりと瞬かせた。俺はそれを肯定と取り、仗助と一緒にアイス食いに行ったら女子しかいなくて恥ずかしかった話とか、昨日見たテレビの話なんかをした。ななこは嫌がることなく相槌を打ちながらそれを聞いてくれる。表情はあまり変わらないけどちゃんと聞いてくれるのが兄貴みたいで、なんだかとても嬉しかった。そうして会話が途切れたところで、ななこは言う。
「…私なんかと話しても楽しくないでしょ」
「?…楽しいから話してんだろーが。」
「…どうして?」
「…どうしても何も…おめーが楽しそうに聞いてくれっから、かな?」
そう言うと、ななこははにかむように笑って、「…ありがと」と言った。それがめちゃくちゃ可愛くって、なんだか照れ臭い。
「…楽しそう、なんて…初めて言われたかも…。いつも怖いとか、つまんなそうっていわれるから。」
そう彼女は寂しげに呟いた。全然そんなことねーし、さっきみたいに笑ったらすげー可愛い。気付かないで鉄仮面なんて言ってる奴らの目がおかしーんじゃあねーの。
「そんなことねーよ!俺は好きだぜ!…あっ、違ッ…いや違わねーけどッ…!」
思わず口をついた言葉にひとりパニックを起こせば、ななこは驚いて、それから俺の慌てる様子に小さく笑い声を上げた。
「…あっ、なんだよ笑うなよー」
「…ごめん、なんか…ギャップが意外すぎて…」
億泰くんって、もっと怖いかと思った。なんて。そのセリフ、そっくり返してやりたい。
「ギャップっつーなら、おめーだってそうだろーが。」
「…私?」
「クールビューティなんて言われてっけど、笑ったらすげー可愛い。」
さっきの仕返しのつもりで言ったんだけど、ただ褒めただけみたいになっちまってまた慌てた。そんな俺を目の前にして、ななこはほんの少し頬を赤らめながら「…億泰くんって、馬鹿なの?」と言った。
「おう、自慢じゃあねーけど良く言われるぜェ!」
「なにそれ。自慢に聞こえるけど」
そう言ってななこがまた可愛らしく笑うから、俺は馬鹿で良かったなァなんて思いながら彼女の顔を見つめた。
20170605
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bkm