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いっぱい食べる君が好き

暖かい食べ物を作ったり食べたりする話




寒いから、あったかいものが食べたいと思った。冬の食事の代名詞といったらやっぱり鍋だけど、一人暮らしで突つく鍋なんて、幸せというよりは寂しさのイメージしかない。それに一人用の鍋なんかじゃあ、あの幸せなあったかい空間は演出できそうにない。まぁそもそも土鍋を買うところからだから、なかなかにハードルが高いのだ。
そんな色んなことをスーパーの「今夜は鍋」の幟の前で腕を組んで考える。ご丁寧に土鍋とガスボンベまで側に並べてあり、今夜は鍋!という主張をしてくる。
使うといったらそりゃあそうなのだけど、土鍋をしまう隙間なんて、あのアパートにあったかしら。

「…何難しい顔してんだよななこさん。…今夜は鍋かァ?」

のんびりとした声が後ろから聞こえて、振り返ると億泰くんがにこにこ笑いながらこっちを見ていた。見た目によらず懐っこい不良はスーパーで買い物もするのか。意外だ。

「億泰くん。…いやさぁ、お鍋がやりたいんだけど、一人鍋ってなんか考えただけで虚しくって。」

そもそも土鍋を買うところからだと思うとやっぱり尻込みするよねぇ…とため息を吐けば、億泰くんはまんまるな目で私を見て、「んじゃあ、俺んち食いに来りゃあいーじゃあねーかよ」と笑った。

「うち今夜は鍋だぜェー」

「ほんと!?…え、でもいいの?」

いささか高い位置にある顔を見上げれば、力強く頷かれた。そもそも他人を食事に呼ぶ権限が彼にあることに驚く。普通は親御さんの許可とか、必要なんじゃあないの?

「おぅ、一人より二人のがいいもんなァ。」

気の抜けた笑顔を向けられて、なんだか色々気にしていた私が馬鹿みたいだと思える。「ありがとう」なんて安心にも似た言葉が、息を吐くように唇から零れた。

「なんの鍋にしような?」

「キムチ鍋!」

「はァ!?まじかよォー、俺辛いの食えねーけど!」

キムチ鍋の素に伸ばした私の手を止めに入る億泰くんがあんまり慌てているもんだから、思わず吹き出した。

「えー、じゃあ何にすんの?甘いからすき焼き?」

「鍋って感じしなくね?なんつーかすき焼きはすき焼きだろ」

「…それもそうね。」

確かに、それには同意だ。じゃあ何にするー?なんて億泰くんを見たら、彼は「とりあえず鍋っぽい材料買おうぜ!」と白菜やらエノキやらをカゴに放り込んだ。
それから私たちは、鍋の具材を選んで一頻りはしゃぎ回ると、仲良くレジを抜けた。億泰くんが財布を出すのを制して、お支払いは私。

「作ってもらうんだから、私が払うよ!」

「え、俺が作んのかよ!」

「もう払っちゃったもん!値段相応の働き頼むよ億泰くん!」

「マジかよォ〜!」

きゃあきゃあと笑いながら家路に着く。億泰くんの家には初めてお邪魔するけれど、帰り道でテンションが上がりすぎて、緊張感よりも好奇心の方が強かった。まぁ、「他人の家」というより「空き家探検」みたいな気持ちだったと言われればそうなのかもしれない。

「よっし、んじゃあななこさんは待っててな?」

「え?私が作るよ!」

さっきの冗談を真に受けたらしい億泰くんに目を丸くする。私が「さっきのは冗談だよ」と笑えば、「じゃあ、一緒に作ろーぜ」なんて幸せそうな笑顔で。
結局、私が材料を切る間に、億泰くんがカセットコンロと鍋の支度をすることになった。テーブルに鍋をセットする億泰くんが突然「あ!」と声を上げる。

「どうしたの?」

「鍋の素買うの忘れちまったなァと思って。」

言われてみれば、最後に選ぼうなんて言っていたのに二人ともすっかり忘れていた。そんな鍋の素ごときに慌てる億泰くんはなんだかおかしい。別にそんなのなくたって作れるのに。

「だしの素か昆布ある?」

「…どっちもあるけど、」

「なら十分だよ。」

水を張った鍋に切った昆布を沈めた。これで大丈夫、と言えば億泰くんは「ほんとかよ」と怪訝そうに鍋を見つめている。気にせず具材を入れて蓋をして火をつけた。あとは待つだけだ。

「…楽しみだね。」

「二人だと、待つのも退屈じゃあねーな。」

彼はニコニコしながら学校であったこととか、友達のことなんかを話してくれた。そうしているうちにお鍋からはシュンシュンと湯気が立ち、出来上がりを告げる。

「もういいみたい。」

「よっしゃ、開けるぜェ」

鍋つかみをつけた億泰くんが陶器の蓋を開ける。ふわりと広がる湯気の向こうにはゴトゴトと沸き立つ具材たち。思わず溜息が零れる。

「おいしそう!…ポン酢!しょうゆ?」

「ドレッシングとかどうよ。」

ドレッシングは斬新かも!なんて騒いだけれど、とりあえず最初は何もかけないで食べることにした。各々取り皿に取って、勢い良く手を合わせる。

「「いただきます!」」

熱そうだな、と躊躇う私を余所に、億泰くんは勢い良く箸を口元に寄せ、「あっちい!」なんて大騒ぎだ。

「大丈夫?」

「…早く食いたかったんだけど、やっぱダメかー」

照れたように笑った億泰くんは、ふーふーとせわしなく息を吹きかけて、今度はやけに慎重に唇を付けた。猫舌なんだろうか、それにしてはさっきの勢いが良すぎだろうと思うけど。

「ンまあぁぁ〜い!」

これ別に何も掛けなくってもうめーぞ、昆布すげェな!と、億泰くんははしゃぎ、それからハッとしたように「あ、すげーのはななこさんか」と笑った。
お世辞なんて言えるタイプではないのは知っているけれど、彼のリアクションの大きさとわざわざ言い直したのがあまりに可愛らしくて、なんだか笑える。

「ねぇ、そんな今更言われても、お世辞みたいにしか聞こえないけど。」

「え?あ、いや、そんなつもりじゃあなくってよォ!」

慌てるのがおかしくてわざと拗ねてみせれ ば、億泰くんは慌てて「お世辞とかじゃあなくって、ななこさんと一緒に居るのもスゲー楽しいぜ」とフォローしてくれた。食事じゃあなくて一緒にいることを言われるなんて思わなかったから思わず「え、」なんて間抜けな声が出た。億泰くんは再度「だから、ななこさんと一緒に居るとすげー楽しいんだよ」なんて、まるで口説き文句みたいな言葉を平然と零す。

「あ、ありがと…」

どうにかそう一言返すのが精一杯だった。億泰くんは私のドキドキになんてちっとも気付かずに、白菜を頬張っている。よほどお腹が空いていたのか、既に彼の箸は取り皿と鍋を何往復もしていて、見ていて気持ちがいいほどの食べっぷりだ。

「でもホントうめーな!ポン酢もイケるし、ドレッシングも意外と美味いぜェー!」

食わねーとなくなるぞ、と悪戯っ子みたいな笑顔を向けられて、慌てて箸を動かす。ホカホカの鍋に、億泰くんの笑顔。なんていうか、理想の食卓って感じ。パクパクと美味しそうに食べる億泰くんは、鍋の素のCMにでも起用したらいいんじゃあないかと思う。

「…億泰くんはほんと、美味しそうに食べるね」

私の言葉を受けた彼はきょとんとした顔で「そりゃあななこさんの飯が美味いんだからあたりまえだろ」と笑った。
あまりにサラッと褒められたのがなんだか恥ずかしくて、誤魔化すように次々と食べ物を口に放り込んだ。

「…おめーも良く食うなァ。」

「…美味しいからね!」

「俺、女子ってあんま食わねーモンだと思ってたけど、ななこさんはそんなことねーのな、」

すげー好きだわ、そーいうの。と笑う億泰くんは、自分がどれだけ爆弾発言をしたかわからないのだろうか。思わず手を止めた私を不思議そうに見つめる彼は、自分が言った言葉の重大さに気づいていないらしい。それが私にはなんだか悔しい。頬が熱いのはこの湯気のせいだ、と大きく息を吸って、億泰くんに反撃の言葉を放つ。

「ありがと。私もねぇ、億泰くんのこと好きだよ!」




20161220

素敵なリクエストありがとうございましたー!!
冬なんでやっぱり鍋だろうと思ったんですが、なんかもはや夢小説とはなんなのだろうか…という仕上がりになってしまった気がしています。普段は何も考えず適当に煮るので、鍋の種類を改めて考えたらよくわかりませんでした…衝撃。
話が逸れてしまいましたが、やっぱり億泰は食べ物が似合いますね!!!
ではでは、リクエストありがとうございました!!!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm