億泰とほのぼのクリスマス。
「オトナじゃなきゃダメですか?」の番外編。
別にキリスト教じゃあないけれど、クリスマスの五文字には浮き足立つものがある。
「なァななこさん、今年のクリスマスは休みなんだろ?」
幸せそうに隣ではしゃぐ億泰くんにつられているせいもあるのかもしれないな、なんて思いながら視線を持ち上げる。パーティするんだろ?とでも言いたげな瞳に思わず笑みが零れた。
「うん、カレンダーの通りだよ。」
「じゃあよォ、一緒にいてくれんだよな?」
こんなにあからさまに期待を向けられると、頷かざるを得ない。もちろん、の意を込めて大きく頷くと、億泰くんはその格好に似つかわしくないほどの喜びようを見せてくれた。
「…喜びすぎじゃあない?」
クリスマスというだけで、実際は普段と変わらないのに。なんて溜息をついてみても、億泰くんはどこ吹く風だ。
「ケーキ、一緒に作ろうな?」
その約束に頷いたところで、そういえば億泰くんは甘党だったな、と思い出す。
意外に子供っぽいところの多い億泰くんは、もしかしたら単純にケーキが嬉しいのかもしれない。
*****
クリスマス当日、キッチンに所狭しと並ぶのは製菓材料。スポンジから焼くとなると一仕事だ。エプロンに身を包んだ億泰くんは気合い充分らしい。
「よーっし、作んぞ…!」
「…ケーキ、作ったことある?」
「んー、まぁ一応はあるぜェ?」
私は正直、あまり自信がない。一通りの家事はできるけれど、食事を作ることとお菓子を作ることはまた別な気がする。普段の料理では使い慣れないキッチンスケールを目の前に、慎重に小麦粉を量る。
「…ななこさんすげー慎重だなァ。」
呑気な声が頭上から降ってきて、手元が揺れた。サラサラと落ちる白い粉を見つめながら「邪魔しないで」と言えば、億泰くんは笑いを噛み殺しながら小さく謝罪の言葉を零した。
「悪ィ。…でもよォ、真剣な顔もなんか…いいな」
「ほんと邪魔しないでったら!」
恥ずかしくて語気を強めれば、彼は大袈裟に肩を竦め、「そんな怒んなよォ、代わろうか?」なんて。
「大丈夫。…よし、ぴったり!」
1gも狂わず表示された目盛りを見て、億泰くんは「すげーなァ」と感嘆の声を上げ、そういや兄貴はすげー上手かったんだぜ、そういうの。と懐かしむように笑った。私は返答に困って、動かない目盛りを見ながら「そうなの?」と小さく返した。いつもの調子で喋れたのか、少し不安になる。
「…おぅ、なんだかんだ言いながらいつも作ってくれたっけなァ。」
億泰くんが話を続けたところを見ると、ちゃんと返事ができていたらしい。まだ身内がいなくなる経験のない私には、今の億泰くんの気持ちはよくわからない。
「…じゃあ、毎年クリスマスケーキは手作りだったの?」
「だからよォ、一人で作るのもなんか嫌で…ななこさん居てくれてホント良かった」
そんなことを言われたら抱き締めたくなってしまう。億泰くんは自分の罪深さになんて全然気付いていないようで、普段どおりの呑気な笑顔を見せた。
「家族と過ごす日なのに、俺のワガママに付き合ってくれてありがとな」
確かに本来クリスマスは、家族と過ごす日だ。けれどそれは外国の話で、日本では恋人たちの日になっているんだから、そんなことを気にしなくたっていいのに。それに恋人たちだって、いつか家族になるかもしれない。…高校生を目の前にしてそんなことを考えてしまう自分の思考回路が恨めしい。
「…子どもがそんなこと心配するんじゃあないの」
バカな考えの自分を戒めも含んで、強めに言葉を吐き出せば、億泰くんは私を睨め付けるような視線を寄越し、低く呟いた。
「…コドモ扱い、すんなよ。」
重く、静かな響きに思わず息を飲む。思わず「ごめん」と謝罪を零すと彼は普段どおりの笑顔に戻って「俺だって、色々考えてんだよ…馬鹿だけど。」と、照れ臭そうに言った。
「色々って、なに?」
「それはよォー、内緒っつーヤツだぜェ〜」
プレゼントでも用意してくれたんだろうか。クリスマス前のはしゃぎっぷりを考えたら、サンタの格好くらいしてくれそうだ。…多分億泰くんは、トナカイの方が似合うだろうけど。考えたらあまりに似合っていて思わず吹き出してしまう。億泰くんは急に笑い出した私に驚いて、目を丸くしていた。
「ごめんごめん、ちょっとさぁ…」
億泰くんはトナカイが似合いそうだなって思ったら、と笑いながら説明すれば、彼は「なんでトナカイなんだよ、フツーはサンタクロースだろ」と不満顔だ。
「億泰くんがサンタクロースだったら、子供泣いちゃうよ!」
「うるせーよ!」
つーかななこさんシツレーじゃねー?とふくれっ面の億泰くんは、「そんなことよりケーキ、早くしねーとクリスマス終わっちまうぜ」と私の目の前からボウルを奪うと、さっさとケーキ作りの続きを始めた。ビジュアルとは裏腹にテキパキとした手付きはいつ見てもギャップがありすぎて不思議な気分になる。
「…今年のクリスマスは彼氏の手作りケーキかぁ。」
「ばっ…ッな!急に何言ってんだよ!」
ガシャガシャ、とボウルをひっくり返しそうになりながら照れる億泰くんは本当に可愛い。しみじみと呟いた一言にこうも反応されると、なんだかからかいたくなるというか。
「だって今、そう思ったんだもん。」
「……そうかよ」
億泰くんはぶっきらぼうにそう返すとケーキの生地を型に流し込み、オーブンに閉じ込めた。ピ、ピ、とスイッチを操作するその首筋は、心なしか赤い。
「…あとは待つだけだね?」
「コーヒーでも飲むか?」
お願いします、と返したところで、億泰くんの作るあのコーヒーの味を忘れそうになる程の甘い飲み物を思い出し、「今日は私が作るよ!」と慌てて申し出た。きょとんとする億泰くんを椅子に座らせ、コーヒーを淹れる。
スポンジが焼き上がるまではしばらくゆっくりできそうだ。
億泰くんの分のコーヒーにたっぷりの砂糖と牛乳を入れて顔を上げると、そこに億泰くんはいなかった。
「…あれ、億泰くん?」
どこに行ったのかとキッチンを出てみれば、億泰くんは私に気付いたのか慌てて駆け戻ってきた。
「お、コーヒー入ったのかァ?」
「うん、ちゃんと甘くしておいたよ」
サンキュ、と億泰くんはカップを両手で包み込んで「…なんかよォ…嬉しいな」と、溜息をついた。
「…私も。」
杜王町は知らない町だ。億泰くんに出会わなかったら、ひとりぼっちのクリスマスだったかもしれない。
ブラックコーヒーに息を吹きかけ、湯気の向こうの漆黒に視線を落とす。コーヒーの苦味が心地よくすらあるのは、億泰くんが隣にいるからだ。一人のクリスマスでブラックコーヒーなんか飲んだら、きっと泣いてしまう。
「ななこさん、」
「…ん?」
たっぷり砂糖を入れた甘すぎるほどのコーヒーを平然と口にしながら、億泰くんは私を見つめる。
「俺、年越しもよォ…、っつーかなんなら来年も再来年も…あんたと過ごしてーんだけど。」
甘いコーヒーを平然と飲むから、そんな甘い言葉が平然と出てくるんじゃあない、なんて照れ隠しに毒づきたかったのだけれど、コーヒーの苦味と一緒に飲み込んだ。
「…そうしたら、きっと楽しいね」
寂しくないね、と言うには悲しすぎる気がしてそう返せば、億泰くんはほんとうに幸せそうな顔で「マジかよォ…その返事、最高のプレゼントだな!」と笑った。
ちゃんとプレゼントも用意してあるから、と言えば億泰くんは目をまんまるにして、「ななこさん」と泣きそうな顔で私を呼んだ。
「…おれ、アンタがいてくれて…ほんと良かったぜェ〜」
それは私の台詞だよ、億泰くん。
20161224
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bkm