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オトナじゃなきゃダメですか?【3】

自業自得とはいえまさか手を繋いで帰る羽目になるとは思わず、どんな顔をして億泰くんに会えばいいのかわからない。そんなことを思っても時間は待ってはくれないわけで、あっさりと翌日を迎えた。
まぁ約束はしてしまったし、とイマイチ睡眠の取れていない頭を熱いシャワーで叩き起こして家を出た。今日のお昼は何を食べようか、なんて考えると少しばかり気持ちが上向いて来るから不思議だ。

「…こんにちはー!」

普段と変わらない挨拶ができたことに安堵しつつ(まぁ普段は「こんばんは」なのだけど)、玄関先で億泰くんを待っていると、彼はドタドタと慌てた様子で玄関まで転がり出てきた。

「おう、…いらっしゃい!」

億泰くんもいつもと変わらない笑顔で迎えてくれたけれど、白目がちな瞳の周りにはここから見ても分かるほどのクマができていて、彼も私とおんなじで良く眠れなかったのかな、なんて。

「…ごめんね、まだ寝ててもいいよ。」

眠れなかったんでしょ?なんてからかい混じりの言葉を掛けると、億泰くんは頬を染めながらプイとそっぽを向いた。

「…んでよォ、今日は何すんだよ。」

「ん?まず洗濯機回してー、その間に掃除かな。」

持ってきたエプロンを身に付けていると、そんなもんまで持ってきたのかァ?と驚きの声を掛けられる。

「汚れてもいいようにね、」

「なんかよォー、ほんとななこさんってすげーなァ」

それは私のお掃除スキルを見てから言って欲しい。まだなんにもしてないよ、と笑えば「いや、なんつーかよォ…やっぱオトナっつーかさァ…」なんて溜息を吐かれた。

「さ、洗濯しよ!洗うものあったら出してね!」

洗濯機の使い方なんて大体どれも同じだし、洗剤の場所さえ聞いてしまえば、あとはスイッチを入れるだけだ。早々に洗濯機を回して、掃除に取り掛かる。

「あれ…?」

通りかかった部屋はカーテンの締められて薄暗い。そこにフニャリと葉をしょげさせた植木鉢を見つけて、慌てて窓辺に駆け寄る。こんな日の当たらない所に植物なんて置くからだ。窓を開けて、水をやらなくては。

「あ、ななこさんその部屋は…ッ」

「…ん?」

勢い良くカーテンを開ける方が、億泰くんの制止の声よりも先だった。

「…ゥニャ…」

「え?」

窓辺の鉢が、鳴いた。葉がまるで猫のしっぽみたいに起き上がり、二つの目がジロリとこちらを向く。草に目があるわけなんてないのだけど、どう見てもそれは目にしか見えなかった。

「えええ!?」

「危ねえッ!」

ドン、ガオン、とまるで花火みたいな音がして身体に衝撃が走った。それからすぐにガシャンと何か壊れたみたいな凄まじい音。私の視界は暗転していて何が起こったのか全くわからない。

「ホラ、落ち着けって…」

音の割に私の身体への衝撃は大したことなかったな、なんて思ったら、億泰くんの声が頭のすぐ上から聞こえた。少し離れたところからは何かが唸るような声。まるで猫が怒ってるみたいな。

「…おく、やす…くん?」

私はどうやら億泰くんの腕の中にいるらしいと気付いて顔を上げれば、彼は心配そうに「…ななこさん、怪我しなかったか?」と真剣な顔でこちらを見て、抱き締めていた腕を解いた。そうして、少し待っててな、と言い残し、私がさっきまでいたはずの窓辺に駆け寄る。
ぽかんとその様子を見つめれば、億泰くんはごそごそとキャットフードを取り出して、植木鉢に蒔いた。「ニャア」と猫の声がして、植木が動いてそれを食べる。

「…猫、?」

植木鉢に生えているのは、猫だ。いやそんなまさか、と思ってまじまじと見てみたけれど、億泰くんの指先にごろごろと喉を鳴らすその動きはやっぱり猫だった。

「…さっきはびっくりしちまったみてーだけど、もう大丈夫だぜ」

そう声を掛けられて、おそるおそる近付く。億泰くんが私の手に僅かばかりのキャットフードを握らせてくれたのでそっと鉢の根元に差し出すと、「ウニャ」と可愛らしく鳴いてそれを食べた。

「…可愛い。」

「…良かった。さっきは大丈夫だったかァ?こいつ結構やんちゃでよォー」

言われてさっきのすごい音を思い出す。振り返ると結構な惨事で、壁に穴まで開いている。

「…ごめん、これ…」

「あー、いいって。いつものことだし仗助が治してくれるしよォー。それよりななこさん、ホントに怪我ねーか?」

「うん、助けてくれて…ありがとう…」

億泰くんが助けてくれなかったら、私の身体にこの穴が開いていたのかとゾッとする。いくら仗助くんが治せるスタンド使いとはいえ、痛いのはごめんだ。

「…でもよォ、あんま驚かねーんだな。」

別にスタンド使いって訳じゃねーんだろ?承太郎さんの職場だからかァ?なんて不思議そうに私を見る億泰くん。それはこの猫ちゃん(?)のことを言っているんだろうか。

「…うーん…びっくりしたけど、可愛いし…一応億泰くんの家に猫草がいるのは知ってたからね」

エサを貰ったことで敵ではないと分かったのか、私の手にごろごろと擦り寄ってきた。指先で撫でると、少しざらついた葉っぱの感触。猫みたいにふわふわとはしていないけれど、この不思議な生き物は、なんだか可愛い。

「懐いたみてーで良かった。…この部屋はなるべく暗くしといてな。」

まぁもう大丈夫だとは思うけどよォ、と溜息を吐いて、億泰くんはホントに良かった、と噛み締めるように呟いた。

「…うん。ありがとう。…この部屋以外は、開けて掃除してもいい?」

「おう。とりあえず台所からにしよーぜ。」

気を取り直して掃除を始める。あちこちに埃が積もってはいるものの、きっちりと片付けられていた。億泰くんらしからぬ几帳面さだな、なんて思う。

「…億泰くんの部屋は?」

「え。…俺の部屋はいーよ。」

ぶんぶんとかぶりを振って遠慮するから、なんだか揶揄いたくなってしまう。見られて困るモノでもあるの?と笑えば、彼は視線を泳がせながら「あ、洗濯終わったんじゃあねーの!?」なんて誤魔化すように言って、その場から逃げ出した。

「…可愛いなぁ。」

根本的に普通の人と違う、なんて先輩の言葉を思い出した。億泰くんは普通の高校生で、見た目はいささか突飛ではあるけれど、先輩が言うように「根本的に異なる」のかどうかは正直よくわからない。

「ななこさーん!洗濯終わったぜー!」

私を呼ぶ声で現実に引き戻され、慌てて駆け出す。あんまり慌てたもんだから、脱衣所に入るドアの段差に躓いた。

「きゃッ!」

「ぅお、大丈夫か!?」

洗濯機の前にいた億泰くんはびっくりしながらも私が転ばないように受け止めてくれた。
がっしりとした身体に受け止められて、反射的に彼にしがみつく。

「…ご、ごめん、」

「…さっきからオメーあぶねーよ。」

まるで抱き合うみたいな体制に、急に恥ずかしくなる。確かにさっきもこうやって助けてもらったけれど、緊急事態でそれどころじゃあなかった。

「…あの、もう大丈夫…」

「…なぁ、」

私の言葉を遮るように億泰くんが腕に力を込める。ドキドキうるさいのは私の心臓か、それとも億泰くんだろうか。

「おめーの恋人になるのは、もっと大人じゃなきゃあダメか?」

切実な響きを含んだ言葉が、頭の上から落とされる。泣き出す寸前の迷子みたいな、何かを堪えるような、億泰くんの声。

「俺、全然ガキで…ななこさんに世話焼いてもらってばっかりだけどよォ…」

ななこさんは俺を哀れんで世話焼いてくれるだけかもしんねーけど、俺バカだから、勘違いしちまって、と途切れ途切れに、まるで懺悔のように彼は続ける。

「…好きんなっちまったんだ…」

ぎゅう、と心臓を掴まれたみたいに苦しいのは、回された腕のせいだけじゃあない。
常識的に考えたら、私は彼を諭すべきなのだろうか。ただ近くにいるから勘違いしているだけだと、子供を宥める調子で言うべきなんだろうか。
けれど私には、この腕を振りほどくことなんてできそうにない。この真剣な瞳を曖昧に誤魔化すことなんて、尚更だ。

「…あのね、億泰くん」

胸に押し付けられているせいで、くぐもった声にしかならない。私が言葉を発すると、億泰くんはゆっくりと抱き締める腕の力を緩めた。

「…私も、好きだよ…」

顔を見せるのが恥ずかしくて、彼の分厚い胸板に額を押しつけた。情が移っただけだ、勘違いだ、なんて、はたから見たら言われるのかもしれないけれど、二人とも勘違いしているならそれはもう恋でいいと、私は思う。

「…マジかよ…マジかよ!」

億泰くんのテンションが、勢い良く上がっていくのがわかる。その様子がなんだかオモチャを買ってもらった子供みたいで本当に可愛らしくて、にやけてしまいそうになるのを必死で堪えた。

「…うん。さ、洗濯干そう!」

緩む頬を見られたくなくて、私は彼の腕から抜け出すと急いで洗濯機の方を向いた。洗い立ての洗濯物がやけに冷たく感じるのは、私が熱いせいかもしれないな、なんて思いつつ、はしゃぐ億泰くんを置いてベランダへと向かった。

「…なんつーかよォー、ななこさんってかーちゃんみてーだなァ。」

ひとしきりはしゃいだらしく普段の調子を取り戻した億泰くんが、洗濯物を干す私の背を眺めながらぽつりと零した。

「あのさぁ、恋人になりたての女子を前にそんなこと言う?」

「だぁってよォ、飯作ってくれて掃除も洗濯もしてくれてさー」

まぁ確かに、当初の目的は母親というか家政婦的な役割を…と思っていたのだけれど、「恋人」になったばかりで言われると、なんだか微妙な気持ちになるから不思議だ。

「そんなんだから女の子にモテないんだよ。」

私の言葉を聞いた億泰くんは、なぜだか誇らしげに胸を張った。

「いーんだよ、だって俺にはななこさんがいるから!」

思いもよらない返事に、こちらが赤面させられてしまう。ぐうの音も出ない私を見た億泰くんは、「どうしたんだよ?」なんてキョトンとした視線を投げかけた。

「…なんでもないよ。コドモって怖いな、と思っただけ」

大人じゃなきゃダメだなんてことは全然ないけど、これはなかなか心臓に悪いな、なんて「ガキ扱いすんなよなー!」と頬を膨らませる億泰くんを眺めながら思った。


20161116

実習お疲れ様でしたー!!!
素敵なネタをありがとうございました!
楽しく書かせていただきました。ありがとうございます!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm