億泰誕生日話
「誕生日おめでとう!」
私が差し出したプレゼントを前に、目をまん丸にして固まる億泰くん。受け取ってと言わんばかりにぐい、とラッピングした包みを胸元に押し付けると、彼はようやっと唇を開いた。
「…マジで、俺に?」
「うん、…迷惑じゃなければ…」
誕生日を祝われることが嬉しくない人もいるんだろうか、と急に不安になる。億泰くんのおうちは何やら複雑な事情があるようだった(その時はなんとなく雰囲気でしかわからないし怖くて聞けなかったんだけど)ことを思い出して、手を引っ込めようとしたら彼は慌ててその大きな手を差し出した。
「…すげェ嬉しーぜ!!ありがとうな…!」
今にも泣き出しそうな笑顔でそんなことを言うもんだから、私の方が返事に困ってしまう。億泰くんは私の手から包みを奪い取ると、いそいそと中身を取り出した。クリスマスの朝の子供みたいな表情とは裏腹に、包みを解く手は慎重なのが意外だ。
「…喜んでもらえるかわからないんだけど、」
「なぁななこ…これもしかして手編みか?」
包みから取り出した手袋をまじまじと見つめながら問う億泰くん。
これから寒くなるし、億泰くんはバイクにも乗るみたいだし…と選んだのだけれど、生憎手作りできるほど器用ではない。
「ううん、ごめんね。手袋なんて流石に編めないよ。あ、でもそっちのカップケーキは」
「カップケーキ?…マジか、スゲェ!」
見てるこっちが嬉しくなるほど幸せそうな顔で何度も賛辞を述べられて、祝われてるのはどっちだろう、なんて思わず笑ったら、彼は「なぁに笑ってんだよォ…嬉しいんだから仕方ねーだろー」と照れ臭そうに視線をよこした。
「本当はケーキにしたかったんだけど、学校には持ってこられないから」
「ケーキも作れんのか!?」
スゲーなななこ、いい嫁さんになるな!と他意はないはずのセリフになんだかドキドキした。来年はケーキを焼いて祝いたいと、そう言ったら彼はどんな顔をするんだろうか。存外に幼い笑顔が可愛らしいと思っているなんて、当の本人は気づいていないだろうけれど。
「ん、作れるよ。」
「いーよなぁ。ホールのケーキにロウソクなんか立ててよォ、電気消して吹き消すんだろ?」
そんな誕生日憧れだよなァ、と夢見心地で呟かれて、思わずまじまじと彼を見た。私にとってそれは、流石に高校生ともなると恥ずかしい気さえする当たり前の光景だったから。
「…じゃあッ、やろうよ今から!億泰くんのおうちは今夜大丈夫?」
「…へ?」
「仗助くんと康一くんと由花子も呼んで、みんなでパーティしよう!」
私いまからケーキ焼くから、と息巻けば、億泰くんは面喰らったような顔をして私を見つめていた。気にせずポケットから携帯を取り出し、アドレス帳から仗助くんの名前を探す。
「オイ、ななこよォ…」
「え、あ、都合悪いとか?」
思わず張り切ってしまったけど迷惑だっただろうか、と慌てる私を捕まえた億泰くんは、「マジか?ホントに?」と期待のたっぷりと篭った瞳を輝かせた。
「ホントに。…憧れなんでしょ?」
「…おう!!!」
こくこくと頷く億泰くんは子供みたいで、もうなんか本当、こんなガタイのいい男の子に言うセリフでもないんだけど、可愛い。
「ありがとうなァななこ!ほんっと、最高の誕生日だぜェ…!」
満面の笑みで肩をばしばしと叩かれる。手加減ないなぁと苦笑しつつも、これだけ喜ばれるとこっちまで嬉しくなってしまうから不思議だ。
「…今からそんなこと言って、ケーキ失敗するかもしれないよ?」
「はァ!?そんなんゆるさねーよ。楽しみにしてんだからな!」
そんな軽口を叩きつつ、にやけそうになる頬をどうにかしようと昨日の材料の残りでスポンジは焼けるだろうか、などと考えてみる。
ケーキを持って行ったらまた目をまん丸にして喜んでくれるにちがいない、なんて想像ばかりが膨らんでしまい、緩む頬を抑えることはできなかった。
手許の携帯電話に「東方仗助」の名前を見つけ、ちらりと「どうせなら二人で祝いたいな」なんて思ってしまった私は、その下心を押し込めるべく通話ボタンに力を込めた。
2016 Libra
HAPPY BIRTHDAY OKUYASU!!
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bkm