海辺デート。夏っぽい大きめのイヤリング、白いマキシワンピのななこさんを見て、「人魚みたい!」と思う純な億泰。
「…不良は甘いものなんて食べないと思ってた。」
隣のテーブルからまるで珍獣を見つけたみたいな声が聞こえて、目の前にいた仗助がコーヒーを吹き出した。
「…うぉ、てめッ…何すんだよォ!」
「いや、それもそーだなぁと思ってよォー。」
フザケんなよ、と睨みつけるべく勢い良く声のする方を向いた俺は、その姿を見て動きを止めた。見慣れたセーラー服を身にまとった彼女は、めちゃくちゃ好みだったから。
「…ッ…!?」
「ん?なんだよ億泰…あぁ、ななこさんかー、うちのガッコの先輩じゃん。」
何、あーいうのが好みなの?なんてからかいの視線を向けられて、思わず顔が熱くなる。
「…うるせーよ仗助!…っつーか知り合いかよ。」
「…んー、顔見知りっつートコかな。」
仗助がひらひらと手を振ると、ななこさん(俺が呼んでいいのかはわかんねー)は、カップを置いて俺たちのテーブルに来た。
「こんにちは、仗助くん。それと、さっきからケーキ美味しそうに食べてる君は?」
「コイツは億泰っつーんス!ななこさんが好みらしーっスよ。」
「あはは、ホント?…よろしくね、甘党の億泰くん。」
ななこさんと仗助は楽しそうで、俺は真っ赤になりながらぺこりと会釈を返すくらいしか出来なかった。
*****
「…億泰くん!」
「…あぁ?…なんだよ、」
俺一人だってのに、ななこさんがこっちに駆け寄ってきた。仗助ならいねーよ、と言おうとするより早く、彼女は俺に小さな包みを差し出した。
「…これあげる!調理実習で作ったの!」
手の平に乗る感触は、カップケーキか何かだろうか。なんで俺に、と聞けば彼女は笑って答えた。
「え?億泰くん甘いもの好きでしょ?…君は美味しそうに食べるから!」
なんなら今食べてくれてもいいよ、なんて言われて戸惑う俺を余所に、ななこさんはそれじゃあね!と踵を返す。
「…あっ、待てよ!」
「…なぁに?」
「いや、その…ありがとな!」
「…どういたしまして!」
振り向きざまに満面の笑みを向けられて、心臓がバクバク鳴った。なんだこれ、と思いながら俺は言葉を続ける。
「なぁ、お礼がしてーんだけどよォ…」
「え?いいよそんなの。」
「そーはいかねぇよ…俺、すげー嬉しーから…」
俺があんまり必死だったのか、ななこさんは笑って、じゃあ、今度の土曜日デートしよう?なんて。
「…へ?」
「お礼、してくれるんでしょ?」
こくこくと盛大に頷くと、ななこさんはじゃあ土曜日10時に駅ね!と勝手に決めて歩き去っていった。デートって、デートってマジかよォ〜。
「…ッシャア!!」
思わずガッツポーズをしたら、手から可愛い包みが落っこちそうになって慌てて握り直した。
*****
土曜日、朝9時半。
俺は駅前でソワソワと時計と睨めっこ。携帯番号知らねーし、駅ったって西と東がある。
とりあえず待ち合わせ場所としてよく使われる噴水の前にいるけど、俺からかわれてんのかな、なんて不安が拭えない。待ち合わせまであと30分もあるのにこんなキンチョーしてちゃあ俺の心臓が心配だ。
「あ、いたいた!億泰くん!」
声の方を向いて、ななこさんを探す。俺があちこちに視線を彷徨わせていると、隣から声がした。
「どこ見てんの?」
「うお、なんだよ驚かすな…よ…」
目の前から聞こえるのは確かにななこさんの声だけど。
真っ白なくるぶしまであるワンピースに可愛らしいサンダルを履いて、耳元にキラキラ光るでっかい飾りをぶら下げてにっこり笑う姿は、制服の時とはまるで違っていて、俺は思わずぱちぱちと瞬きをした。
「…どしたの?なんか変…かな、」
「いや…別人みてーだなァと思ってよォ…」
化粧してんのかァ?と聞けばななこさんは恥ずかしそうに「ちょっとだけね」と笑った。
「…億泰くん、随分早いね。」
「俺デートなんて初めてだからキンチョーしちまってよォー、」
楽しみすぎて眠れなかったぜェ、なんて照れ隠しに笑って見せれば、ななこさんは「早く会えたから、いっぱい遊べるよ!行こ!」なんて言ってくるりと向きを変えて歩き出した。ひらめくスカートが、真っ白で眩しい。
「…俺海なんて久しぶりだなー。」
「暑くなってきたからきっと楽しいよ。」
二人で他愛のない話をしながら、海辺へと向かう。ななこさんはすげー話しやすくって、上手く話せるかななんて心配してた俺のキンチョーはあっさりと解け、笑い声を上げたり突っ込みを入れたり(なんつーか、しっかりしてそうに見えて天然っぽい)している間に、浜辺に着いた。
「うおー、海だなー!」
「…早く!早く行こう!」
ななこさんはガキみてーに走り出す。
時々砂に足を取られるもんだから、危なっかしくて仕方ない。思わず追い掛けて、よろける彼女の腕を取った。
「…あぶねーよ。」
「あ、ありがと。」
なんだこれ。少女マンガかよ…と思わず固まる。掴んだ腕は思いの外華奢で、柔らかい。
「…マンガみたい。」
静寂を破ったななこさんの言葉は俺が思ってたことと同じで、知らず笑みが溢れた。
「…俺も思ってた!」
「追いかけっこでもする?」
くすくす笑いながら俺の腕をするりと抜け出す。波打ち際に駆けていくななこさんは、長いスカートがひらひらして、まるで今から海に帰る人魚みたいだ。
「…ちょっと億泰くんー!ちゃんと追いかけてよ!!」
俺がぼーっと眺めているうちにななこさんは走って行っちまって、ちょっと離れたとこから俺を呼んでた。
「悪ィ悪ィ!ぼーっとしてた!」
どたどたと彼女に追いつくと、ななこさんは頬を膨らませて、「ちゃんと捕まえてよ。」なんて。
「…泡になっちまうから?」
「……え?」
きょとんとする彼女を見て、俺もあれ?って思う。人魚姫って、泡になるんじゃあねーの?
「…人魚姫?なに急に。」
「え?いや、ななこさんが人魚みてーだなって思ってよォ〜…」
思ったことを言っただけのはずなのに、言葉にしたらメチャクチャ恥ずかしかった。なんだよ人魚って、バカじゃあねーの俺。…いやバカだけど。
「…っふふ、『生足魅惑のマーメイド』ってやつ?」
ななこさんは笑いながらスカートの裾をひらりと持ち上げた。一瞬見えた白い足が眩しい。
「…なッ、そんなことするもんじゃあねーよ!!!」
真っ赤になって慌てる俺を見て彼女は楽しげに、「制服の時に散々見てるでしょ」と笑った。
「…そー…だけどよォ〜…」
俺の心は彼女の笑顔に射抜かれちまったから、もしこの人が人魚でも泡になったりはしねーな、と思ったら、なんだか少し安心した。
20160708
HOT LIMITが1998年でびっくりしました…!