億泰に膝枕をねだられる話。というリクエストなのにねだれない億泰。
「なぁ、花見に行こーぜ!」
朝から億泰くんが誘いに来た。オーソンのコンビニ袋を掲げて誇らしげな笑顔を向ける彼はさながら夏休みの少年のようだなぁと思う。春休みの高校生だからまぁ近しいものはあるのだろうと考えつつ、寝惚け眼のままの私はとりあえず彼を家に上がらせる。
「…支度するからそのへんで待っててー。」
「…休みだからってよォ、気ぃ抜けすぎじゃねーのななこさん。」
大きな欠伸を噛み殺すこともせずにいる私を見て億泰くんは呑気に笑っている。飾らなくてもいい恋人とは思ったよりもずっと幸せなもんだなと思っているのだけど、彼に言っても伝わらない気がして私は一人頬を緩ませる。
「…朝から来るからだよ。」
「朝っつったってよォ、もう10時だぜェ?」
たまの日曜くらいゆっくり寝ていたい。そう言う私の言葉を受けて億泰くんはすまなそうに「もしかして、邪魔だったか?」としょぼくれた。
「…あー…ごめん、そうじゃなくってさ。」
部屋着のまま隣に腰掛けると、彼はそっと身体を引いた。寄り掛かろうと勢い良く身体を預けた私は必然的に億泰くんの膝に転げることとなる。
「うぉ、びっくりしたー!」
「それはこっちの台詞だよ!…あ、でもこれはこれで…」
膝枕なんて何年、いや何十年ぶりだろう。男性のしっかりした足ではあるけれど、人間の感触はやっぱりどこか安心する。
「…このまま寝てもいい?」
「…花見はどーすんだよ。」
不満そうな声を上げるから、私はやむなく身体を起こす。着替えを探して部屋着を脱ぐと、彼は慌ててこちらに背を向けた。
「もーちっと恥じらいとかよォ!」
「今更でしょ。別に見てもいいよ?」
「見ねえから!早く着がえろ!」
赤い首筋を眺めつつ、着替えを終える。意外に純な億泰くんをついからかいたくなってしまうのは、彼の反応が一々可愛らしいせいだと思う。
「着替えたよー。お化粧するから待ってて!」
「おう!でもよォ…別に化粧しなくったって可愛いだろ。」
きょとんとした顔でそんなことを言うから、今度は私が赤くなる番だ。天然なのか馬鹿なのか(多分後者だ。)、彼は時々とんでもない台詞を平然と言い放つ。
*****
「満開だねぇ!」
「しっかし混んでんなー…」
河川敷に着いてみれば、満開の桜とたくさんの人。いつの間にか下げられた提灯が、いかにもお花見です!といった雰囲気で、あちこちにビニールシートが敷かれて、喧騒に震える桜が花びらを零す。
「どっか座る?」
「…空いてねェんじゃねーか?」
のんびり歩くにはいささか騒がしすぎる空間は、心を躍らせる。億泰くんも私と同じ気持ちのようで、あちこちに視線を彷徨わせながら感嘆の声を上げていた。
「あ、ベンチ空いたみたい!」
帰り支度をしたカップルが立ち上がったところに駆け寄ると、お昼を食べに帰るという。まんまとベンチをゲットした私は、大喜びで億泰くんに手招きをした。
「…よく見つけたなァ。」
「日頃の行いがいいからね!」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らせば、億泰くんは「そうだよな、」なんて納得している。いやそこは突っ込むところだよ、と思ったけれど、腰掛けたベンチから見る桜があまりに綺麗で私は彼に寄り掛かるようにして梢を見上げた。
「…キレーだねぇ…」
「そーだなぁ…」
先ほどと変わらない喧騒の筈なのに、腰を落ち着けて桜を眺めれば、まるで騒がしさなんて感じない。背中を預けた億泰くんの頼もしさと春の暖かさがただただ心地よかった。
「…なぁ、」
躊躇いがちに声を掛けられて、寄りかかったまま顔を向ければ、くっついてしまいそうなほど近くに億泰くんの赤い頬。なぁに?と零せばふいと顔を背けられ、ぶっきらぼうになんでもないと返された。
「…なんでもないことはなさそうだけど?」
「…それよりよォ、ビール飲むか?」
私の身体を離させて持ってきたコンビニ袋を漁る億泰くん。花見っつったらビールだろォ!と揚々と取り出すけれど、君はまだ未成年でしょう。
「…よく買えたねぇ。」
「まーな、あとホラ、これも。」
ビールと団子のチョイスが億泰くんらしくて笑うと、彼はわからないといった風にこちらに視線を寄越した。私が何も言わないのを見て、さくらもちのが良かったかァ?と間抜けなセリフを吐いたもんだから、思わず吹き出す。けらけらと笑う私に彼はまた何か言いたそうにしながらも、なんだよ笑うなよォ、と照れ臭そうに言った。
「…さっきからさぁ、なんか気にしてる?」
「いや、…気にしてるっつーかァ…」
歯切れ悪く視線を泳がせる億泰くんは、私の足元を見ているようだった。もしやストッキングが伝線してるとか?と問えば勢い良く首を横に振る。
「あのよォ…さっきななこさん俺の膝に転がっただろォ〜?」
「うん、億泰くんが急に避けるからねぇ。」
そういえば、なんで避けたの?と聞けば彼は狭いかと思って、などとまた歯切れ悪く告げた。今更照れることなんてないのにと思ったら、どうやらその言葉は唇から零れていたようで。
「…だってよォ…あんな無防備なななこさんめずらしいっつーか…」
喧騒の中で聞こえていないと思ったのか、泊まった後みたいで、と消え入りそうな声が続く。なんだこの子、可愛いな。あぁでもそんなことが聞きたいわけじゃあない、と私は再び彼に問う。
「…それで、何が気になるの?」
「…ッ俺も、して欲しいって思ったんだよ!」
「…なにを?」
「なに、って、そりゃあ…」
真っ赤になって言い淀む億泰くんは、再び視線を下げた。せっかくの桜なのに彼は足元ばかり見ているな…とそこまで考えて、私はやっと合点がいく。
少しばかり身体を離して、ビールはベンチの端っこに。億泰くんは私が身体を離したのに驚いてこちらを見た。気にせず腕を引くと、バランスを崩してこちらに倒れ込んでくる。
「…どうぞ。」
落ちてきた身体を受け止めて、頭を太股にぎゅうと押し付ければ、彼は真っ赤になって大慌てで声を上げる。
「ちょ、こんなとこでッ…!」
「…桜がさぁ、綺麗だよ。」
ほら、と空を指せば彼は私の指の先を見て、赤い顔で感嘆の声を漏らした。
「…ホントだなァ…」
「どーせ誰も見てないし、こんなお花見もいいんじゃない?」
膝の上の頭を撫でると、彼は困ったように笑いながら「幸せだなぁ」と、桜の花びらが落ちるようにぽつりと零した。
20160405