お返しをもらってイチャイチャするだけの話。
「…ななこさん!」
見知った声に呼び止められてそちらを向けば、声の主が夕日を背負って立っていた。
「…どうしたの?学校帰り?」
パンプスの踵を鳴らして駆け寄ろうとしたはずの私は、なぜだか一瞬で億泰の前に立っている。
「…よォ、お疲れさん。」
「…え、あれ…?」
ぽかんとする私をよそに、億泰はニコニコしながら私の手を取って可愛らしい包みを握らせた。
「…これ、お返し。」
「ありがとう、わざわざ来てくれたの?」
億泰の手が冷たいから、もしかしてずっと待っていてくれたんじゃないかと思う。3月とはいえ数日前に雪が降るくらい天気は安定していない。今日はそんなに寒くはないけれど、それでも陽が落ちてから外にずっと居られるほど暖かくなったわけじゃあないのに、こんなところで待っているなんて馬鹿なんじゃあないだろうか。…うん、馬鹿だった。
もらった包みをカバンにしまうと、改めて彼の手を取る。指先を絡めると、隣から心配そうな声がした。
「…冷たくねェ?」
「…大丈夫だよ。ね、いつから待っててくれたの?」
隣の億泰を見上げると、彼は照れくさいのか視線を逸らしながら誤魔化すように笑った。
「んー、忘れちまったなァ。…でも、ちゃんと会えてよかったぜェ。」
「…そっか。…ねぇ、これ、億泰が作ったの?」
カバンの中の包みに視線を落とす。可愛らしい包みの中身はなんだろう。バレンタインの時には作るって言っていたから、きっと何か作ってくれたんだろう。
「おー、まぁなー。」
「楽しみ。…うちで一緒に食べる?」
「ななこさんち行ってもいいのか?」
期待に満ちた視線がくすぐったくて笑うと、億泰は嬉しそうに「俺、女の人の部屋なんて初めてだ!早く行こうぜー」と足を早めた。
*****
「…どうぞ。」
「お邪魔します。綺麗にしてんだなぁ。」
キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回している。コーヒーでいい?と声を掛けると、恥ずかしそうにブラックは飲めないなんて言うから思わず吹き出してしまう。
「…笑うなよォ。」
「いや、甘党なのは知ってたけどさぁ。…可愛いなぁって。」
コーヒーの支度をしながら、戸棚の砂糖を探す。確か牛乳もあったから、カフェオレにでもしてあげようか。
コーヒーとカフェオレを用意してリビングに戻ると、億泰は所在なさげに小さく背を丸めて座っていた。そんなに緊張することなんてないのに、と声を掛けながら、目の前にカップを二つ並べる。
「…お、カフェオレだ。サンキューな。」
「ちゃんと甘いからね。」
億泰にもらった包みをカバンから出して中身を確かめる。ころころとした茶色の塊。チョコレートが掛かっているけど、これは…。
「…マシュマロ?」
「そーそー、マシュマロなんて作れると思わなかったけどさぁ、意外にできるのな!」
得意げに笑う億泰と、目の前の可愛らしいマシュマロが結びつかなくて交互に眺めていると、早く食べてみろよと促される。一つ摘み上げると、感触は普通のマシュマロ。口に入れると、チョコレートの甘さとともにふんわりと溶けていく。
「…美味しい。すごいよ億泰。」
「…マジか。よかったぜェ。」
安堵したように溜息をついている。一つ食べる?と聞くと作りながら食べたから、と断られたので、端を咥えたまま「はんぶんこしよ」と億泰に近づいてみる。
「ちょ、…オイっ!」
「…ん。」
むにゅ、とマシュマロを押し付けると、億泰はぎゅうっと目を閉じて意を決したように薄く唇を開けた。マシュマロを押し込み、そのまま口付ける。真っ赤になる億泰が可愛くて、頬を両手で挟み込んだ。
「…ッ…なにすんだよ…」
「…美味しいから、お裾分け。」
彼の唇の端に残ったチョコレートを回収すべく、私は再び億泰に唇を寄せた。
20160314 Happy WhiteDay!!