「はい、億泰。」
今日はバレンタイン。学校帰りの億泰を待ち伏せてチョコレートを手渡すと、彼はびっくりしたように私を見た。
「え、マジでいいのか?」
受け取るのを戸惑うように中途半端に出された手に、持っていた箱を押し付ける。彼はそれを胸に抱いて「夢じゃあねーよな?」とぽつりと零した。私が笑顔で頷くのを見て、やっと受け取っていいものだと認識したらしい。
「ッシャア!嬉しーぜェー、ななこさんありがとーなぁ。」
踊り出しそうな勢いで、億泰は私からのチョコレートを抱き締めている。こんな天下の往来で恥ずかしくないんだろうかと思ったけれど、彼にはもう周りなんて見えてないんだろう。
「俺、お返しすんのも初めてだぜー!」
彼は目をキラキラと輝かせながら私とチョコレートを交互に見ている。
「ななこさんは何が好きなんだァ?クッキー?ケーキ?マシュマロ…は作れんのかなぁ…」
「億泰が作んの?」
思わず遮って問いかけると、彼はキョトンとした顔でこちらを見た。
「…ん?おう。俺以外にだれが作んだよ。…はっ、まさか浮気かァ?」
「いやいやそうじゃなくてさぁ。…あ、大丈夫だよ。仗助にもあげてないから。」
そうだ、これは言ってあげなくちゃと思っていた。今年のバレンタインは、億泰にだけ。
仗助には申し訳ないけれど、康一くんに聞いたら彼は毎年山のようにチョコレートを貰うらしいし、何より億泰を喜ばせてあげたかったから。
「マジ!?…え、マジか!」
私の言葉を聞いた彼は想像通り…いや、想像以上に喜んで、何度もマジか!と繰り返した。
「…すごい喜びようね。」
思わず苦笑してしまう。なんだかんだでコンプレックスあるみたいだなってことは、以前に億泰からされた相談で感じていた。普段は口にも態度にも全然出さないけど彼も色々大変なんだなぁってその時は思ったけれど、よく考えたらそれをおくびにも出さない億泰ってすごいカッコいいんじゃない?って気付いた。…まぁただの馬鹿かもしれないけど。
「だってよぉ〜、気分いいじゃんか。仗助のがいっぱい貰うだろうけど、ななこさんからは俺にだけだぜ?」
にへにへと音が聞こえそうなくらい嬉しそうな顔を見ていると、こっちまで馬鹿みたいに頬が緩んでしまう。
「…億泰。」
「あ?んだよォ、お返し何がいいか決めたのか?」
喜んで貰えるのはとても嬉しいけれど、ホワイトデーは今から一ヶ月も先なのに、いくらなんでも気が早すぎる。だってバレンタインですら、まだ終わってもいないのに。
「…まだバレンタインも終わってないのに、気が早すぎでしょ。」
「…え?だって嬉しーからよォ。俺こんなの初めてだし。」
喜ぶとは思っていたし別に手抜きをしたつもりもないけれど、手作りだったらもっと喜んでもらえたのかな、なんて少しだけ後悔した私は、向かい合った億泰に一歩近づく。
「恋人たちの時間はまだこれからだと思うんだけど?」
間近で見上げると、こちらにまで熱が伝わってきそうな程喜んでいるのがよくわかってとても可愛らしい。だらしなく緩んだ億泰の口元に、背伸びして唇を寄せた。
「…ん、ッ…!?」
「…あら、真っ赤。」
一瞬でこうも赤くなれるのかと感心してしまうほどに赤くなった億泰は、慌てた様子で腕を唇に押し付けた。
「ちょ、何すんだよ!俺っ…初めて…ッ…」
驚きやら喜びやらで混乱しながらも、切れ切れにそんな台詞を吐くもんだから、こちらまで驚いてしまう。
「…マジか!」
「…マジだぜ…」
真っ赤になって顔を押さえる億泰が可愛くて、揶揄うように「もっかいする?」と言えば、彼は唇を押さえていた手を離して、ぎゅうっと目を閉じた。
20160214 Happy Valentine!
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bkm