「私、仗助くんのことが好きなの…」
思いつめた顔の女子からそう打ち明けられるのにも、少しばかり慣れた。彼女達の次の言葉が予想できる程度には。
「…『億泰くん、協力して!』っつーんだろォ〜。」
「…うん、だめ…?」
「おめーの気持ちもわかっけどよォ〜。俺の気持ちもわかってくんねーかなァ。」
頭を掻きながら溜息をつく。そりゃあ恋する乙女の一世一代の告白のためかもしれないけれど、聞かされるこっちはもう何度目かっつーハナシで。最初に言われた時は女子に頼りにされたのなんか初めてだし舞い上がっちまって色々協力したけど、結局うまく行かなくてなぜだか俺が罵られた。しかもそいつは俺が協力して告白に漕ぎ着けるまで、ちっとばっかし大袈裟に話していたらしい。そのせいでこんな面倒なことになっている。ソイツは絶対上手くいく自信があったらしく勝手に周りにあれやこれや言っておいて、失敗した途端みっともなく俺に当り散らした。なんつーか俺をそこらへんの踏み台くらいにしか思ってねーの。女ってこええ。
「…ケチ。」
ほら。今の奴だってさっきまであんなにかわい子ぶってたクセに手の平返して。仗助に言っちまうぞ。
当の仗助は「億泰最近女子と仲良いなー。」なんて呑気にしてる。コイツはいいヤツだから、俺が自分のせいで迷惑してるって知ったら困るんだろうなと考えると、相談もできない。
*****
「億泰ぅ、最近モテてるらしーじゃん。仗助から聞いた。…その割元気ないね?」
「…あ、ななこさん。ちげーんだよォ、これには深ーいワケがあってさァ。」
いた。俺が相談できる人。
安堵とも困惑とも付かない盛大な溜息を吐いてななこさんを見れば、彼女は珍しいものを見たと言った顔をしている。
「…なんか、億泰が悩んでるのって不思議。」
「なんだよそれェ。まるで俺がバカみてぇじゃん!」
「馬鹿じゃあなかったんだねぇ。」
呑気に笑うななこさんを見ていたら、なんだか少し肩の力が抜けた。言うに事欠いてそれかよクソッ。
「うるせーよ!」
笑いながらそう返せば、ななこさんは俺の肩をぽんと叩いた。ちっこい手なのになぜか頼もしい。「上手く言えねえんだけどよォ…」と前置きして、俺は複雑な心境をぽつりぽつりと話した。彼女は要領を得ない俺の話に水を差すことなく、最後まで頷きながら聞いてくれた。
「…仗助はいいヤツなのによォ〜、俺が邪魔してんじゃあねーのかなって、思うときもあるし。」
アイツばっかりモテて羨ましいって気持ちもないっつったら嘘になる。でも友達に嫉妬とか、めちゃくちゃカッコ悪い。協力すれば自分が嫌な思いをするし、しなければしないで親友に少しの罪悪感。どーすりゃいいのかバカな俺にはちっともわからない。
「…億泰。」
ななこさんが口を開いたから、溜息を飲み込んで聞こえてくる言葉に意識を傾ける。
俺の視線を少しばかり恥ずかしそうに受け止めながら、彼女はゆっくりと柔らかな音を紡いだ。
「億泰はいい奴だねぇ。」
しみじみとそう言われて、嬉しいようなくすぐったいような気持ち。けれど『いい奴』って言葉が恋愛においてはまったく意味が無いってことが先の一件で痛いほど身に沁みている俺にはすげーフクザツだった。ななこさんはそれを知ってか知らずか、のんびりと笑う。
「…もう億泰が彼女作っちゃえば、仗助のことなんて気にならなくなるんじゃない?」
「…そんなんどこにいんだよ。みんなして仗助のことばっかりよォ〜。」
まぁどっからどう見てもアイツの方が上だってのはわかるから仕方ねーけど、と自嘲気味に笑うと、ななこさんはそんなことないよ、と俺の肩をポンポンと叩いた。
「…よっぽどダメだったら、おねーさんが相手したげるから。」
「なんだよそれェ。同情ならいらねーっつの。」
どきり、と心臓が跳ねた。ななこさんは俺が唯一気を許せるオンナノヒトだってこと、わかってんだろーか。
「違うよ。…億泰の良いところはちゃーんと私が見てるからってこと。」
だから自信持って、好きな人ができたら頑張るんだよ。と彼女は笑った。その顔を見て、俺はあることに気付く。
「おう、頑張るぜェ。」
そう言ってななこさんの手を取ると、彼女はキョトンとした顔で俺を見た。いや『頑張れ』って今おめーが言ったんだろうが。
「…億泰?」
「なァ、俺…バカだけどいいのか?」
ぎゅう、握った手があったかい。さっきあんなに頼もしく感じた手が、今はとことん可愛らしい。
「…なに?」
「今できたんだよ。好きな奴。」
目の前に。と続けるとななこさんは目をまん丸にして俺を見た。みるみるうちに頬が染まっていくのが面白ェ。
「『よっぽどダメだったら』っつったよな?…俺、おめーじゃなきゃあどーしてもダメだ。」
きっぱりと言い切ると、彼女は照れ臭そうに笑いながら「じゃあ、これで億泰の悩みは解決だね」と笑った。
20160124
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bkm