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あこがれのあいあいがさ

一言、声を掛けるだけ。
「傘持ってないの?」って。

それが出来なくて、私はさっきから彼の後ろ姿を眺めている。

目の前の大きな背中は扉の前で困ったように揺れて。時折キョロキョロと辺りを見回したり、空を仰いだり。

隣のクラスの不良の虹村億泰くん。
私はなぜだか彼が気になって仕方ない。

例えば、廊下の真ん中をどすどす歩いているのにいちご牛乳持ってたりだとか、とんでもなくバカなのに友達が悩んでたりするとすぐ気付いちゃうとことか、そういうギャップを見つける度にあれ?この人不良じゃあないんじゃないかって思う自分がいて。
そうしたら改造学ランも変わった髪型もなんだか可愛く見えてしまうから不思議だ。

今だって、右往左往する様がなんだか動物園のクマみたいで可愛い。

「…ふふっ、」

自分の想像がおかしくて思わず吹き出すと、億泰くんは思いっきりメンチを切りながら振り向いた。

「あァ?何笑ってんだよォー。」

目付きが悪い億泰くんに睨まれると流石に怖い。でも動物園のクマな億泰くんが頭の中にいるから、なんか檻の向こうの話っていうか私は大丈夫っていう謎の自信。

「…あ、ごめん。あのさ、傘入ってく?」

言いたかった言葉はあっさりと唇から零れた。億泰くんは面食らった様子で目を丸くする。そうして人懐こい顔になって、

「…いいのか!?」

なんて見つめてくるもんだから、どきりとしてしまう。ころころと変わる表情が本当に素敵。私は小さく頷いて、正面玄関を出た。

「…家、たしか駅の向こうだったよね?」

「そうそう。…おめーさぁ、ななこだろ?仗助のクラスの。」

なんで俺のこと知ってんの?と、不思議そうに言う。それだけ目立つ格好でどうして知られていないと思うのか。
むしろ私は億泰くんが私の名前を知っていたことの方が驚きだ。

「うちのクラスによく来るし、東方くんが良く『億泰ゥ』って呼んでるから。」

「なに今の、似てんだけど!」

私が東方くんの真似をするのを見て、降り頻る雨に負けない程の勢いで吹き出した億泰くん。一頻り笑うと、彼は私の手から傘を取った。

「ありがと。」

「それは俺の台詞だろー。助かったぜェ、ななこ!」

億泰くんが持つと、随分と上にあるんだなぁ…なんて見慣れたはずの傘を眺める。彼には不釣り合いなはずの可愛らしい色が、不思議と似合って見えた。

「行こっか。」

並んで歩き出す。先程までとは打って変わって、億泰くんは何か考えるように黙り込んでいる。

「急に黙っちゃったけど…どうしたの?」

「いや、よく考えたら女子と相合傘とか…めっちゃ嬉しくってよォ…」

ちょっぴり恥ずかしそうに、今まで見たことのない顔で笑うもんだから、心臓がどきりと跳ねた。

「ホントありがとな!夢みてーだよ俺!」

仗助たちに自慢してやろ、なんてニコニコしている。無邪気に喜ぶ姿はとても可愛いけど、それは「女子」であって「私」ではないんだって思うと結構フクザツな気持ちになる。

「あのさぁ、女子なら誰でも嬉しい?」

「うーん、ななこってのがまたポイント高いな!お前けっこー人気あんだぜェ。」

ニカッと笑う顔は少年のようで。
しばらく満足げに笑っていた億泰くんは、私の表情に気付くと顔を曇らせた。

「あ、ななこは迷惑だよな。ごめんなぁ…俺バカだからさぁ…」

「迷惑なんかじゃないよ!」

慌てて弁解するけど、億泰くんはしょんぼりとしたまま何やらブツブツ呟いている。

「仗助とだったら、ななこだって嬉しいんだろうなぁ〜」

「なんで東方くんが出てくるの?」

億泰くんは大きな溜息を吐いている。どうしてそこに東方くんが出てくるのか…と思ったけど、東方くんのモテっぷりを考えたら確かに億泰くんがコンプレックスに思ってしまうのもわかる気がする。

「だぁってよォ〜」

「確かに東方くんはモテるけどさぁ、なんていうか…億泰くんとは違うじゃん…」

「そーなんだよなぁ。なんかアイツ女子からモテんだよ。…確かに俺から見たって格好いいけど。」

確かに東方くんはイケメンだけど、私は億泰くんの方が魅力的だと思う。けれどそれを言ってしまうのは恥ずかしいから、言葉がうまく見つからない。
困ってしまって億泰くんを見ると、肩がひどく濡れていた。

「わ、億泰くん!肩濡れてるからもっとこっち来て。」

慌てて腕を引くけど、見た目通りにがっしりとした腕はびくともしなくて驚いた。

「ぅわ、そんな気安く触るもんじゃねーだろー!…オンナノコなんだからさァ…気ィ遣えよー…」

襲われちまうぞ?と、最後にぽつりと呟くもんだから、思わず笑ってしまった。

「…そんなこと言われたらどきどきしちゃうな。」

笑って返せば、彼は真っ赤になって「からかうんじゃねーよ!」なんて慌てるから面白くて。

「…私、相合傘ってちょっぴり憧れだったんだけど、想像よりずっと楽しいね。」

「おう、俺も。」

無邪気な笑顔で笑う億泰くん。
そうしてその後に続いたまさかの殺し文句。
雨で囲われたこんな小さな空間じゃあ逃げ場なんてなかった。



「…でもよォ、これななことだから楽しいんだと思うぜェ?」




萌えたらぜひ拍手を!


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