「なぁ、20日に海いこーぜ。」
「ん、どうしたの急に。」
億泰くんの急な誘いに驚いてそう返せば、彼らしい返事。
「…だって、海の日なんだろ?」
思わず吹き出してしまうと、彼はなんでかわからないといった顔で、行くのか行かねーのかはっきりしろよ。と返事を促す。
「…行こっか、海の日だもんね!」
「水着忘れんなよー。」
そう言われて、ハッとする。
そうか、水着か。
そもそも海辺に住んでいる割に水泳なんて縁のない暮らしをしている私は、学校指定のスクール水着しか持ってない。
流石にそれで泳ぎには行けないだろうと、学校帰りに買いに行くことにした。
そういえば、億泰くんはどんなのが好きなんだろう。…やっぱりビキニとかかな。
「ねぇ仗助くん、億泰くんに海に誘われたんだけどさぁ…」
「あぁ、海の日だからー、ってやつ?アイツも大概だよなー、単純つーかバカっつーか。」
けらけらと笑う仗助くん。どうやら彼も一緒に行くらしい。
「…みんなも行くの?」
「行くぜ。…ななこは億泰と二人っきりが良かった?」
「…ううん!そ、んなことないよ!!」
少しだけホッとする。仗助くんが来るってことは、多分由花子と康一くんも一緒。
水着を買いには、由花子と一緒に行けばいいかな。
*****
「…やっぱりビキニじゃないの?」
「由花子はスタイルいいからいいけど、私はちょっと無理かなー。あ、これ可愛い。」
マリンカラーのボーダーワンピ。セクシーさも可愛らしさもちょっと控えめの、夏らしい水着。
「…地味じゃない?」
「え、そうかな。…可愛いと思うんだけど。」
「…こっちの方が似合うわよ!絶対!」
そう言って由花子が選んだのは、カラフルな花柄のビキニ。フリルがいっぱいのスカートが可愛い。
「派手じゃない…?」
「絶対似合うわ!これにしましょ!」
由花子に押し切られるようにして、それを買う。支度もできたし、海が楽しみ。
*****
「海だーーー!!!」
太陽が反射してキラキラと輝く水面は、私達の夏への期待のようで。
「由花子似合うー!」
鮮やかな赤のビキニが太陽に映える。流石は由花子。
「ななこも脱ぎなさいよ、ほら。」
促されてTシャツを脱ぐと、仗助くんがひゅうっと口笛を吹いた。
「二人ともかわいーじゃん。ホラ億泰も、なんか言ってやれよ。」
仗助くんに突っつかれている億泰くんは、顔を真っ赤にしてなにやらもごもご言っている。
「…かわいーぜ。」
「…あ、りがと…」
億泰くんが真っ赤なので、なんだかつられて頬が熱くなってしまう。
上半身を隠すもののない億泰くんは、真っ赤になっているのが良く分かる。もうなんか、首筋の方から赤い。
「可愛らしい人たちはほっといて、行きましょ。」
由花子が笑いながら私たちをからかって、みんなを連れて波打ち際に向かう。
残された私たち。
「…ホント、似合うな。」
「…あのさ!日焼け止め…塗ってくれないかな。」
恥ずかしさを誤魔化すために発したセリフに、さらに赤面する。由花子に塗って貰えばよかった。康一くんといちゃいちゃしていて言える状態じゃなかったんだけど。
「おう、いーぜぇ。」
億泰くんは軽い調子で私から日焼け止めを受け取って、パシャパシャと振って手に取り出したところで、フリーズした。
「…どしたの?」
「…いや、触ってもいーのかなぁ…って、思ってさ…」
「触らなきゃ塗れないよ。お願いします。」
背中を向けると、温かくヌルついた手が遠慮がちにくっついて、肌を滑っていく。
「ひゃんっ…ん!」
突然の感触に妙な声が出てしまい、慌てて唇を押さえる。
「ばっか、変な声出すなよー!」
「だって!声くらい掛けてよぉ…!」
そう言っている間に肩と背中を塗り終えたらしい手が離れ、ほっと息を吐く。
「きゃ、…っ!」
終わりだと気を緩めた矢先、腰を撫でられて身体がびくりと跳ねる。
「だから変な声出すなってーの!」
「やだ馬鹿!そこは自分で届くからッ!くすぐったい!」
身を捩ってそう言うと、億泰くんは気付いたのか慌てて手を離す。
「ごごごごめん!俺ッ、つい!」
真っ赤になって弁解する様が可笑しくて吹き出してしまう。
お返しと言わんばかりに、億泰くんの背中に日焼け止めをたっぷり乗せた手を滑らせる。
「お返しだー!」
「うわ、くすぐってえ!」
きゃあきゃあと騒いでいるうちに最初の恥ずかしさなんてどこへやら。
結局二人で手を繋いでバカップルよろしく波打ち際まで走っていく。
「アンタたち遅いわよ。」
「いちゃいちゃしてんじゃねーよ。」
「ここからよく見えたよ。」
みんなに言われて私たちは仲良く頬を染めたけど、繋いだ手はどちらも離さなかった。
*****
「…喉乾いたなー。」
「結構遊んだもんなぁ。」
ブイまで競争したり、水を掛け合ったりして、そろそろ疲れてきた。
「よっし、海の家でなんか食おうぜ!」
仗助くんの一言で、私たちは連れ立って海の家まで向かった。
「ななこ何にする?」
「イチゴ…いやメロン…うー…やっぱイチゴ…?」
「じゃあ俺メロンにすっからさ、半分こしよーぜ。」
「いいの!?ありがとう億泰くん!」
カキ氷を片手にテーブルに着く。真夏の太陽にキラキラ光る氷の粒、なんて贅沢なんだろうかと思わず頬が緩む。
シャリ、と音を立てて刺したスプーンをそっと引き抜いて、口に運ぶ。
「おいしー。」
「…ほれななこ、メロン。」
目の前に差し出された緑色の氷に向かってぱかりと口を開ければ、飛び込んでくるメロン味。
「メロンもおいしーねぇ。…億泰くんも、イチゴはい。」
お返しにスプーンを向ければ、ぱかりと大きな口が開く。そこにスプーンを飛び込ませていると、仗助くんが不満そうにひとこと。
「食べさせあいっことかさぁ、お前らいちゃつきすぎじゃねー?」
それに自分たちも含まれていることに気づいて、ただただ赤面するしかない。
康一くんと由花子はさすがというかなんというか、そんな台詞聞こえていないようで、「唇が冷えちゃったわ。康一くん、暖めてちょうだい」なんて、公衆の面前で…っ!
「あいつらはどこにいたってあっついなぁー。」
いちゃいちゃする2人に慣れてしまっているのか、億泰くんの間の抜けたコメントが可笑しくて思わず笑うと、仗助くんに
「ななこはやんねーの?『唇が冷えちゃったわ』って。」
とからかわれたので、拳を叩き込んでおいた。
由花子の髪も飛んで来たので、多分そっちの方が痛かったと思う。
億泰くんはやってほしいのかな…って思ったけど、恥ずかしくて結局聞けなかった。
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bkm