「なぁななこ、今日暇か?帰り本屋寄らねぇ?」
「寄らない。」
「…じゃあ一緒に帰ろうぜ?」
「億泰とは帰らない。友達と帰るし。」
机の周りで誘う億泰と、冷たく断るななこ。
いつもの光景を眺めながら仗助がぽつりと言った。
「あれで付き合ってんだから不思議だよなぁ。」
*****
恋人のななこは、俺にだけやたら冷たい。
仗助や康一が誘えば笑顔で「いいよー。」なんていう癖に、俺が誘うと仏頂面で「やだ。」とか一蹴してきやがる。
時々気づくとしれっと隣にいたりするし、何より俺の告白にOKの返事をくれたんだから嫌われてるわけじゃないと思いたいけど、こうも毎日冷たくされると流石にヘコむ。
「もうアレだ、そんなの押し切って一回ヤっちまえばいいじゃねぇかよぉ〜。」
自分の席でしょげていると、仗助がそう言った。
「…いやそれは流石に無理だろ!」
「うーん、でも押し切るっていうのはいいかもね。案外いけるかもよ。」
康一までそんなコトを言い出す始末。
確かに、いちいち聞くから断られるんだよな。このまま連れ出しちまおう。
納得した俺は、帰ろうと立ち上がったななこの手を引いた。
「な、なに?」
びっくりして振り払おうとする手を、負けじとぎゅっと握り、教室を出る。
よっぽどびっくりしたのか、ななこの顔が真っ赤になっている。
「そうツンツンすんなよぉ。行こうぜ。な!」
「…や、やだ!ね、億泰、お願いだから離して…」
普段とは違う様子にびっくりして手を離す。
お願い、と言われてしまうくらい嫌だったのか…とななこの顔を見れば、茹で蛸みたいになっている。
「オイ、なんかすげー赤いけど、大丈夫か…?」
「やだ、見ないで…」
しゃがみこんで顔を隠してしまう彼女の隣に、同じように腰を下ろす。
「あんまりやだやだ言われるとよォ〜、流石に俺、自信なくすぜェ。」
溜息をついてみせれば、彼女の肩がびくっと震える。
「…ご、めん…あの、」
申し訳なさそうに顔を上げ、何か言いたげにしている。不安そうな瞳からは冷たい姿なんて想像できない。実際は冷たい姿しかみたことがないのだけれど。
「…一緒に帰るか?」
「…ッやだ…」
質問すればまた拒否。
でも顔は今まで見たコトがないくらい真っ赤で、いくら俺がバカでも嘘だってわかる。
「…あーもォ、素直じゃねーの!」
手を引いて昇降口へと向かう。
彼女は抵抗することもなく手を繋いでいて、なんだか意外だ。
「…ほれ、帰るぞ。」
二人分の靴を下駄箱から出して、手を繋いだまま履き替える。
ななこは恥ずかしそうにしながらも、俺の手をぎゅっと握っている。俺が力を緩めても、ずっと。
「…へへっ、あったけーなぁ…」
嬉しくて笑えば、困ったような瞳が揺れて。
あぁ、恥ずかしいだけなのか。と、妙に納得した。
「…ごめんね。」
学校から少し離れて、人通りのない住宅街に差し掛かったところで、ななこがぽつりと呟く。
「謝るくらいならよォ、やめりゃあいいじゃねーか。そんなツンツンすんの。」
「無理。そんなの恥ずかしくて死んじゃう…」
どうやったらそんなに赤くなれるのかってくらい真っ赤な顔で、泣きそうになっている。
何がそんなに恥ずかしいのか、俺にはちっともわからない。
「じゃあ、帰りは一緒じゃなくていいから、うちに来いよ。それなら誰にも見られないし。」
「…うん、いく。」
こくりと頷いて、嬉しそうに笑う。
これがツンデレっつーヤツか…と、一人感動する。
こんなに真っ赤で可愛い顔を知ってるのが俺だけっていう優越感。
冷たくされた甲斐があったってもんだなァ…なんて、俺も大概ゲンキンなヤツだぜ。
「なぁ、ななこ。」
「…なに。」
いつもと同じつれない返事。
ここを覆す質問が思いついた。実は意外と俺って頭いいんじゃねえの?と自画自賛する。
「俺、馬鹿だからよォ、ちゃんと聞かねーとわかんねぇんだ。頷くだけでいいから教えてくれよ。…俺のこと、好き?」
「…ーーーッ!」
真っ赤になって、顔を隠してしまうななこ。
それでも、頭がこくこくと上下に揺れるのを見て、ひどく満たされた気持ちになった。
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bkm