お互いに嫉妬しちゃう話。
モブ男子(完全なる当て馬)がチラッと出ますので苦手な方はご注意。
東方仗助、と言ったらこの学校で知らない人はいないだろう。けれど同学年だけではなく先輩達からも黄色い声援を浴びる彼に、実は恋人がいることはまだあまり知られてはいない。
今日だって一緒に帰る約束をしたはずなのに、仗助くんは渡り廊下で先輩らしき女生徒たちに囲まれてしまっていて、一向に私のいる二階の教室に辿り着く気配はない。そもそも私がここから眺めてるのにすら気づいていないんだろう、きっと。
リーゼントに邪魔されて表情は見えないけれど、きっと凛々しい眉を下げて、困った顔をしているに違いない。というか、そうであってくれなきゃあ私の立つ瀬がない。仗助くんは優しいから逃げ出せないだけなんだと思いたい。けれど多分私なんかよりもずっとオシャレに時間をかけているキラキラの女の子たちに囲まれる彼を見ていると、やっぱり嫉妬してしまう。別に私だってオシャレしていないわけじゃあない。でも、熱の込め方については、私よりずっと夢中になっている子だって沢山いるから。…仗助くんへの想いも、もしかしたらそうかもしれない。
なんだか思考が暗くなりそうで、カーテンを閉めた。シャッ、という音で、教室に残っていた数人がこちらに視線を寄越す。
「なに、ななこ。カーテンなんか閉めて」
「え?…そろそろ暗いから?」
クラスの男子が私の行動を気にして寄ってきた。曖昧に誤魔化してみたけれど、彼はカーテンをすこしめくって下の様子を確認すると、納得したように振り返った。
「東方かぁ。…なに、ななこも狙ってんの?」
男の俺から見てもカッコいいもんなぁ、と彼は笑った。『狙ってる』の一言に、酷く落胆する。狙うもなにももう付き合ってるんだけどなぁ…と溜息を吐いたけれど、多分彼には単に仗助くんがモテるから、という理由の溜息にしか見えていないだろう。
付き合ってるんだよ、と言ってしまえばいいんだろうか。でもそうしたら仗助くんは困るかな。私は別に隠さなくてもいいと思うんだけど、仗助くんはあんまり公言したくはなさそうだったから。
「ホント、アイツはモテるよなぁー」
彼はカーテンを閉めると、私の前の席に座った。そうして笑顔で追い討ちのような言葉を掛ける。私はまた溜息をついた。
「仗助くんがモテるのなんて知ってるよ」
トゲのある言葉は完全に八つ当たりだ。けれど目の前の彼は全然気にもしていない様子で、昨日のテレビの話なんか始めた。
私が信じなきゃいけないのは仗助くんだ。それはわかっていても、色々と不安は尽きない。その後も目の前で何か話しかけられているけれど、ちっとも耳に入ってこなくて、申し訳ないなと思いながらも生返事を返す。
「あんなモテる奴よりさぁ、俺にしない?」
「……え?」
雑談をしていたはずなのに、衝撃的な言葉が耳に飛び込んできて、思わず視線を上げた。なんの冗談だろう、それとも聞き間違いかな、と目をぱちくりさせていると、目の前の彼は「どう?俺だってそこそこだと思うんだけど」と、笑った。
「…うーん、…冗談だよね?」
「そ、冗談っスよー」
私の言葉に、彼の声ではない返事が聞こえた。見知ったリーゼントがすっと間に入って私の手を取る。引き摺られるように立ち上がると、仗助くんはそのまま私の手を引き、「コイツ、俺んだから」とその分厚い胸板に私を抱き込んだ。
「マジかよ、」
急に抱き締められてよく聞こえなかったけれど、なにやら二言三言話しているようだった。そもそもパニックになってしまって何があったのかよくわからない。気付いたら彼はもういなくて、私のカバンを持った仗助くんに、「帰るぜ」と促された。
「うん、…帰ろ」
さっき仗助くんが言った言葉が恥ずかしくて、彼の顔を見られない。ヤキモチなんて焼いてたのが恥ずかしいな、と思いつつ隣を歩く仗助くんを盗み見る。
「…ななこよォー、気をつけろよな」
「ん?…なにが?」
さっきの、と仗助くんに言われたけれど、なにをどう気をつけるのかよくわからない。そもそも彼はきっと、仗助くんにキャアキャア騒ぐミーハーな女子を揶揄っただけだろう。
「…からかわれただけだと思うけど」
「それ!それだよ俺が心配してんのはよォ〜」
オメーはチコっと危機感が足んねーよ、と仗助くんは語気を強め、それから大きく呼吸を一つして、私の方を向いた。
「…正直言って、ななこが他のヤツと話してんのは見たくない」
「…え、」
「嫉妬っつーやつだよ、…カッコ悪ィけど。」
嫉妬。そんな言葉が仗助くんの口から出たことに驚く。そんなの、私だって思ってる。
仗助くんが他の子に優しくするのも、女の子たちに囲まれるのを見るのも、嫌だよ。
「…仗助くん、の…方が…ずっとモテるじゃん」
「…え?」
「私だって、仗助くんが女の子に囲まれたり他の子に優しくしたりするの見ると、ヤキモチ妬いちゃうよ」
だけど、私が好きなのはモテモテで優しい仗助くんだ。だから仗助くんはちっとも悪くなくて、好きな部分にすら嫉妬してしまう私の心が狭いのが悪い。
うまく言葉にできなくて言い淀む私を見て、仗助くんは困ったように笑って「そんじゃあお互いさまっスね」と言った。
「…でも、ななこがヤキモチ妬いてるとか意外っつーか…」
「…妬くよ。さっきだって先輩たちに囲まれてたし…」
あれは逃げようがなくて、と弁解する仗助くん。そもそも彼が「彼女がいる」と一言言えば済むんじゃあないか。そう問いを投げかけてみれば、仗助くんは難しい顔で首を捻った。
「…別に公言すんのは構わねーけど…ななこに何かあったら困るだろ?」
俺だって四六時中一緒ってワケにはいかねーしよォ…と、仗助くんは溜息を吐いた。私と付き合っていることを隠したいワケじゃあなく、心配してくれてのことなのかと気付いて、なんだか恥ずかしくなる。
「…何か、って…」
「嫌がらせとかよー、何があるかわかんねーじゃん?」
確かに、仗助くんに黄色い声を投げ掛ける人たちの中に、過激な子が居ないとも限らない。でも、それでも、
「…嫌がらせさせても、『仗助くんの彼女』って肩書きが欲しいな」
真っ直ぐに彼を見つめてそう言えば、仗助くんは面食らった様子でぱちくりと瞬きをした。そうして、恥ずかしそうに視線を背けながらぽつりと一言。
「…今の…すげー殺し文句に聞こえんだけど…」
ったく、心臓に悪いぜ…と、仗助くんは深呼吸して、私に向き直った。
「…そうまで言われちゃあ、やらないわけにはいかねーよなァ」
明日、覚悟しとけよ?なんて不敵に笑われて、心臓がどきりと鳴った。
*****
そして翌日。
「…やっ、あの…公衆の面前でッ、こういうのは…」
「わかりやすくていーだろ。ななこは俺のだ、って」
「んッ、ん…ぅー…っ!は、な…ッ、して…っん…!」
「…まだあんま人見てねーから、もっかい。」
教室で付き合ってる宣言くらいしてくれるのかな、なんて呑気な予想は無残にも打ち砕かれた。通学路(しかもみんな登校中)で抱き締められて何度もキスされるなんて、これからどんな顔で学校に行けばいいのかわからない。
抵抗の言葉は仗助くんの分厚い唇に飲み込まれ、私はただ彼にしがみつくしかなかった。
20170104
リクエストありがとうございました!!!
なんだかリクエストからかけ離れたものが出来た気がしますすみません…、ヤキモチって王道のはずなのに…おかしいな…
リテイクは受け付けますので仰ってくださいね!
ではでは、素敵なリクエストありがとうございました。これからも楽しんでいただけたら嬉しいです!
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bkm