幼馴染でちょっとしっとりした甘い海辺デート。
仗助、と俺を呼ぶななこの声は、この広い景色には霧散してしまいそうなほど小さい。それなのに波音よりもずっとはっきりと俺の耳に届く。
「…なに?」
「…なんでもない。呼びたかったから。」
ななこは俺を見上げて可愛らしく笑って、また足元の砂に視線を落とした。浜辺には似つかわしくない少しヒールのある靴は、砂に埋もれて歩きにくそうだ。
「…ななこ」
「なぁに?」
彼女と同じように名前を呼ぶ。小声で呼んだつもりだったけれど彼女はちゃあんと俺の方を見た。
「歩きにくくねーの。」
海っつったろ。なんでヒールなんだよ。と問えば、彼女は恥ずかしそうに「だって、デートだから」と返した。
それがあんまり可愛くて、俺は彼女の腕を取る。驚いて向けられた視線を受け止めて、「デートだから、な」と引き寄せた。
「…仗助はズルいなぁ。」
「何がズリーんだよ。…別にやましいことなんてねーけど」
二人ゆっくりと歩を進めながら、中身のない会話をする。それだけなのにすごく安心するし、ななこと言葉を交わすたびに景色が鮮やかになる。
「…こんな簡単に…自然にカッコよく腕が組めちゃうとか、ホントずるい。」
昔からそうだもんね、とななこは言葉を続け、俺たち二人にしか笑えないエピソードを繰り返す。もうなんども、同じように笑った話だ。
「…なぁ、」
「ん?…なに?」
「俺がよォ、『自然にカッコよく』キスするためにはどうしたらいいと思う?」
立ち止まってそう言えば、ななこは頬を真っ赤にして驚いたように俺を見た。すげー恥ずかしいけど目を逸らしたらカッコ悪ィと思ってそのまま彼女を見つめる。まあるい瞳が伏せられ、わずかに上がる顎をみて、あぁ、これはこのままキスしていーんかな、なんて思った。
「…ななこの方が、『自然に可愛く』おねだりできんじゃあねーの」
からかうように言いながら、そっと唇を落とす。彼女は俺の首筋に腕を回し、ゆっくりと力を込めた。そうして1秒、離された唇を恥ずかしげに動かしながら、ななこは照れ臭そうに言った。
「…ねぇ、ロマンチックすぎない?」
「…何言ってんの。好きだろ?」
彼女のロマンチズムは時折耳を覆いたくなるようなくすぐったさで、この海辺のデートだって、たしか彼女が涙を流した映画のシーンがどうとかいう話が発端だったはずだ。
「…うん、好き…」
その『好き』は、このロマンチズムに対してのはずだったのだけれど、どう贔屓目に見たって俺への告白にしか思えず、俺はもう一度彼女の唇を塞いだ。
「海ならよー、夏の方が良かったんじゃあねーの」
「…そうかなぁ、」
夏だと二人っきりじゃあないよ?なんて可愛らしい台詞を吐かれて、思わずななこを抱き締めた。彼女はびっくりして足を縺れさせ、俺の胸に飛び込むみたいな形になる。こんなトコに、ヒールなんかで来るから。
「…そんじゃあよォ〜、ななこは仗助くんと二人っきりになりたかったってことっスかねェ?」
「…そんなの、当たり前じゃない」
からかうつもりで言ったはずが、思いもよらないななこの返事が来てしまったせいで、俺は次に続ける言葉を見つけることができなかった。
目をぱちくりさせる俺に向かって、ななこは続ける。
「…仗助はあの映画、見てないんだよね?」
「…おう。評判は聞いたけどよォー…オトコが見に行くもんじゃあねーだろ」
そう返すとななこは俺を見つめて、「それじゃあ、レンタルになったら一緒に見よう?」と笑った。意味もわからず頷けば、彼女は含みのある色っぽい笑顔を返した。
「なんだよ、…これってそんな意味のあるデートだったりすんの?」
「…内緒。映画、見たらわかるよ。」
幸せそうに微笑んで俺の腕を胸に抱くななこは本当に可愛くって、彼女が何を思ってこのデートに誘ったかが気になって仕方ない。
「そんなん待てねーよ、今ななこが教えてくれればいいじゃあねーか」
不満の声を漏らせば、彼女は可愛らしく頬を染めてもう一度「内緒!」と笑った。
20170508
素敵なリクエストありがとうございました!
遅くなってすみません!
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bkm