「ぼくで良ければ聞くけど、」
康一が言って、億泰がそれに頷く。神妙な顔の二人に申し訳ない気持ちを抱えつつ、俺は何度目かわからない溜息を吐いた。
「…サンキュー。」
「どーしたんだよォ仗助。らしくねーっつーか、らしくねーよなァ」
億泰はともかく、康一なら何かアドバイスをくれるだろうかと、俺は重い口を開く。相談するのはもちろん、ななこさんのことだ。
「この間告白したんだけどよー…」
「ぅえッ!?マジかよ仗す」
「億泰くんはちょっと黙ってて」
億泰の驚きを康一が遮ってくれて、俺はななこさんとの馴れ初めについて順を追って話し始めた。
「っつーかよォ…告白の返事聞く前に家に上がり込むとか…オメー純愛タイプじゃなかったのかよォ…」
どこまで話したらいいのかと思っていたけれど、玄関先まで行った、ってところで億泰にそう言われちまって、流石にこの後セックスしたなんて話はできず、曖昧にぼかす。
「…でも今付き合ってるんでしょ?」
「まぁそーなんだけど…」
じゃあ少なくとも、仗助くんのこと好きなんじゃあないのかな、と康一に言われて、ほんのチコっと安心する。
「デートとか、誘ってみたらどうかなぁ…」
「…デート…」
言われてみれば確かに、彼女を誘ったことはない。いつも一方的に押し掛けて、ななこさんの部屋に上がりこむばかりだ。
それを言えば億泰が興味津々といった様子で身を乗り出す。
「…なぁ、もうその…ヤったのか?」
俺が頷けば、億泰は「マジかよォー!」と泣き出した。康一は俺の話を聞くべきか億泰を宥めるべきかとオロオロしている。
「億泰くん落ち着いて!今はその話は置いといてさぁ、」
仗助くんは、ななこさんの気持ちが聞きたいんだよね?と確認するような視線を向けられて、もう一度、今度は大きく頷いた。
「ちゃんと聞いてみたらどうかな。」
「聞きてーし聞いてんだけど…」
日常会話もままならないのだとは言えなかった。それは俺がいつも強引にななこさんに迫っている挙句、半ば強引に押し倒している負い目みたいなもんもあるせいかもしれない。
「ぼくは由花子さんが相手だからあんまりアドバイスもできなくて申し訳ないんだけど…」
でもやっぱり、二人で話し合った方がいいと思う、なんて、到底無理に聞こえるアドバイスに作り笑いで礼を言う。ななこさんが喋らないこととか、俺が無理強いしていることを素直に話したら、この優しい友人たちはどんな顔をするのかと思ったら、心が重くなった。
「いや、サンキューな康一。またなんかあったら話聞いてくれよ」
いい加減帰ろうぜ、と会話を切り上げてカバンを握り締める。早速ななこさんのトコ行ってくるぜ、なんて台詞を口実に、俺は二人を置いて学校を出た。
*****
まだななこさんが帰る時間には早かった。コンビニで時間を潰しつつ、彼女にメールを送る。
『話があります。今日行ってもいい?』
アドレスは知っていたけど、送るのは初めてみたいなもんだった。いつも会いに行ってしまっていたけれど、もしかしてメールだったら、きちんと話ができるのだろうかと、今更ながらに思う。けれど『俺のこと、どう思ってます?』なんてメールで聞いたら、答えが返ってくるまで気が気じゃあない。それを思うと、どうしたって文面を作ることができない。彼女の真っ赤な顔が、俺の言葉の返事みたいな今までを思えば尚更だ。
『わかりました』
程なくして来た返事はひどく素っ気ない文字だった。そのたった6文字に心臓を掴まれたみたいな気持ちになる。ななこさんは本当に俺を好きなんだろうか。せめて嫌いじゃなければいい、なんて弱気な心が芽生えてしまって、ななこさんに会うまで気が気じゃあない。
ピンポン、とインターホンを押す指が、冬でもないのに冷たい。ドアの向こうの足音に耳を澄ましたけれど、何も聞こえなかった。安普請のアパートなのに足音がしないって、歓迎されていないみたいで心が痛む。
「…っス。」
「…こんにちは、」
半分開いたドアを挟んで向き合う。ななこさんは俺が入ってこないことに不可解さを滲ませながら、どうぞ?と小さく言った。
「…ななこさん、俺、今日は上がりに来たわけじゃあないんスよ」
「…?」
きょとんとするななこさんは、俺の視線に気付くと顔を赤くした。閉まりそうなドアを爪先で押さえ、俺は言葉を紡ぐ。
「…デートの誘いに来たんで。良かったら、今から映画でもどうっスか?」
ななこさんはパチパチと何度も瞬きをして、それから困ったように「映画は…」と視線を下げた。マジかよ。今までの彼女は俺が何をしても断ったりしなかったから、まさか断られるなんて思ってもなくて、正直すげーショックだった。
「…そっスか…わかりました…」
引っ掛けていた爪先を引くと、あっさりとドアが閉まった。バタン、って音が、まるでななこさんが俺を拒絶した証拠みたいに聞こえて、逃げるようにその場を後にした。
20170416
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