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バカと臆病者とその恋人

「なぁアンタ!ななこさんっつー人だろ!?」

突然不良に呼び止められた。彼は私の名前を呼んだけれど、私は彼を知らない。変わった学ランが駆け寄って来るのを、ぽかんと見つめる。

「…そう、ですけど…」

「あ、悪ィおどかそーっつーんじゃあなくって、おれ!あの、仗助のダチで」

見た目に反して表情豊かな不良さんは、仗助くんの友達らしい。慌てた様子で言うもんだから仗助くんに何かあったのかと不安になる。

「…どうしたの?」

「いや、あの、別にどーもしねーっつーか、」

私の不安そうな顔を見て彼は「声は掛けたもののどうしよう」、みたいな様子で慌てている。その焦燥には覚えがあるような気がして、私は「とりあえず落ち着いて」と声を掛け、彼を見守った。

「…えっと、俺は虹村億泰っつーんスけど、仗助があんたのことでスゲー悩んでて、俺あんた見かけて、お節介っつーかなんつーか」

どうやら彼の言わんとしていることは「仗助くんが心配で私に声を掛けた」らしい。仗助くんが悩んでいる、と聞いて先日玄関先での捨て犬のような彼を思い出す。
話があると言ったからてっきり家に上がるとばかり思っていて、張り切って料理を作っている最中だった。なのに突然映画と言われて、事情が飲み込めずにいるうちに彼は傷ついた顔で帰ってしまった。追いかけるのもメールを打つのも、悩んでいるうちにタイミングを逃してしまった気がして何もできないままだったから、彼が悩んでいると言われれば間違いなく私のせいだと思う。

「…ごめんなさい…それ多分、私のせいだと…」

「いや謝って欲しいとかそーいうんじゃあなくって…あー!スンマセン俺バカだから、全然上手く言えねーんだけどよォ…」

きっと友人想いの優しい人なんだろうと思わせる彼の仕草に、なんだか心が温かくなる。それに伴って膨らむ罪悪感。
私は彼に「…座りましょうか」と声を掛けた。

「おう。…俺が口出しすることじゃあねーと思うんだけどよォ、やっぱ気になっちまって…」

ベンチの端に腰掛けると、億泰くん(と呼んでいいんだろうか)は反対の端っこに座った。私の小さな声は彼まで届くのかと少し不安になるほど距離がある。

「…それで、仗助くんが悩んでるって…」

「ななこさんが自分のこと好きかわかんねーって。…アンタあんま喋んないんだって?」

そんな風には見えねーけど、と億泰くんは笑った。その屈託のない笑顔は彼の格好にそぐわないほど子供っぽくて、なんだか微笑ましくさえ思える。

「…この間、映画…断っちゃって」

「あー、言ってた言ってた。なんで断ったんだァ?あ、もしかして眠くなんのか?」

俺もよく寝ちまうからよォ、苦手なんだよなー映画。と呑気な言葉が返ってくるもんだから、思わず笑みが零れた。

「違うの。仗助くんが来ると思ってたからね、ごはん作ってたの」

「なんだよそれェー、仗助のやつすげー愛されてんじゃん!」

アイツそれ食わねーで帰ったの?めちゃくちゃもったいねーな!なんて捲し立てる億泰くん。自然に口から「ありがとう」なんて言葉が零れた。いつもは喉につっかえたみたいになる言葉が、初対面の彼相手にすっと出てくるのはなんだか不思議だ。

「まだあんの?それ」

私が頷くと、億泰くんは「マジかよォいーなぁ、俺が食いてえけどそーいうわけにはいかねーもんなァ」なんて間髪入れずに言葉を紡ぎ、ハッとした様子で「そうだ、今から仗助呼べばいーじゃん!」と笑った。

「え、呼ぶって…」

「んでちゃんと説明してやれよ。てめーのメシ作ってて映画行けなかったって。そしたらメシ余ってんのも仗助悩んでんのも解決すんだろー?」

メールしたら飛んでくるんじゃあねーの、と言われても、なんてメールしていいのか皆目見当がつかない。

「でも、そんなことして迷惑じゃ」

「はァ?んなワケねーだろーが。いいから送ってやれよ」

有無を言わさず(仗助くんの強引さとは全然違うけど、彼も強引だなと思う)そう言われると、それでいいのかなって気持ちになるから不思議だ。私はカバンから携帯を取り出し、メールの作成画面を起動する。真っ白な入力画面を見つめて、さてなんと書いたらいいのかと手が止まる。

「…?どうしたんだよ」

「え、なんで書いたらいいのかなって」

そんなん『飯食いに来い』でいーだろ、と言われて、『ごはんたべにきて』と打った。まず都合を聞くべきじゃないかなとか、今からって書いた方がいいかなとか悩んでいると、億泰くんがいつの間にか隣に寄ってきて私の手元を覗いていた。

「書けてんじゃん、送ろーぜ!」

「え、あっ!」

ごつごつした指先が勝手に送信ボタンを押した。思わず声を上げると、億泰くんはきょとんとした顔で私を見つめた。

「何驚いてんだよ」

「だって、都合聞いたりしなきゃだめかなとか…」

ぱちくりと瞬きをした億泰くんは、不思議そうに言った。

「好きな奴に呼ばれたら嬉しいし、それが最優先だろ?」

アンタ考えすぎじゃあねーの?と続けられた言葉に、そうなのかも、なんて思った。この子の考えも、それに納得してしまう自分も不思議だ。

「仗助来るし、早く帰れよな。」

送ってやろうか?と言われて「一人で大丈夫」と返したはずなのに、彼は当たり前のように私の隣を歩いている。普通なら緊張して歩く速度を考えてしまうのに、億泰くんの隣だとそれがないことに驚く。彼がうろうろとあちこち眺めながら歩いているせいかもしれないけど。

「なぁ見ろよアレ!猫!かわいーなァ」

「ほんとだ。…猫好きなの?」

「あー、うちにも猫いるから…いやありゃあ猫っつーか草…?いやネコ?」

「なにそれ。」

「あ、笑うなよォ!ホント猫だか草だかわかんねーんだってマジ!」

猫と草がわからないってどういうことなのか。本気で悩んでいる様子の億泰くんがおかしくて、声を上げて笑った。

「お、仗助ェー!」

「…億泰、と、…ななこさん…?」

アパートの下で、仗助くんに会った。彼はありえないものを見たみたいな驚いた顔で私たちを見つめ、億泰くんは「良かったなァ、頑張れよ!」なんて私と仗助くんに笑いかける。

「ありがと、億泰くん。」

ばいばい、と手を振ると、学校帰りの子供みたいに手を振って、億泰くんは来た道を帰っていく。その背を見送って振り返ると、なにやら複雑な顔をした仗助くんの視線が痛い。

「…仗助くん、」

「億泰は、いーんスか」

急に息苦しいような感覚が戻って来た気がして、私は頷いた。また喉が詰まる。

「…あんなに楽しそうなアンタ、初めて見た」

その言葉に、私はなんと返事をすれば良かったのだろうか。


20170417


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm