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臆病者の縋る手は

「臆病者はその背に追いつくか」の続き




「520円です」

コーヒー1杯分の小銭を、ポケットから探し出す。邪魔にならない程度に、なるべくゆっくり。意識は背後に集中してるから、図らずも緩慢な動作になる。

そうこうしているうちに、ななこさんの頭が俺の視界に割って入ってきた。

「…私が払う、から」

「もう終わりましたよ。行きましょ。」

中途半端に持ち上がったななこさんの右手を掴むと、彼女はびっくりして財布を落っことした。俺はそれを繋いでない方の手で拾い上げて、「邪魔になるからとりあえず出ましょ」と声を掛ける。
財布が人質みたいでチコッと申し訳ないけど、まぁそれはそれで。

「え、あっ…あの、」

ごちそうさまー、とレジのおねーさんに笑顔を向けて、ななこさんの手を引く。彼女は真っ赤になりながらも俺の手を振り払うことなく、そのまま着いてきた。

「…とりあえず、財布しまいましょっか」

「…うん、…あの、しまうから…手を…」

「また繋いでくれるっつーなら、離したげます。」

見つめながら言えば、彼女は困ったように俯いて、小さく頷いた。
俺は一旦手を離して、財布をななこさんに渡す。丁寧に使われてる財布は、彼女の人柄を表してるみたいだなと思った。

「ごめんね、お金…」

「…いいっスよ。今度奢ってくれれば。」

コーヒー代を出そうとするななこさんを制して、カバンに財布をしまわせる。そうして目の前に手を差し出せば、彼女はおそるおそる俺の手を取った。ちっさくて、柔らかい手が、小動物みたいにちょんと俺の手に乗っかる。逃げられないようにぎゅっと握れば、困ったように指先が震えた。

「…どこ行きます?デートしましょ。」

笑いかけるとななこさんは真っ赤な顔で困ったように首を振った。俺と歩くの嫌なんかな、なんて思うと地味にダメージだ。

「もしかして、嫌っスか?」

「…ちがくてっ、デートなんて…したことない…」

「マジ!?」

嫌じゃないのか、と発した言葉だったのだけれど、ななこさんはデートの方に驚いたんだと思ったらしくて、変だよね…と項垂れた。

「いや、違うんスよ。…嫌じゃないって、嬉しいなと思って」

「…ッ!?」

ななこさんはハッとしたように顔を上げた。やっぱり真っ赤になりながら、オロオロと弁解の言葉を探している。けれど「違う」と言わないのは「嫌じゃない」のは本当なのかなって。

「…ねぇ、ホンっトーに、…嫌じゃない?」

「…じょ、すけくんこそッ…」

「俺はさぁ、さっきから好きだって言ってんじゃん」

あーとかうーとか言葉にならない声を零しながら、ななこさんは俺の手をぎゅうっと握り返した。精一杯の返事なのだろうか。グレートに可愛くって思わずその手を引っ張り彼女を腕の中に仕舞い込む。

「ッ、仗助くん…ッ!?」

「…ねぇ、ななこさん。」

おれ、このままななこさんち行きたい。耳元でそう囁きかけると、彼女はびくりと身体を跳ねさせた。彼女が一人暮らしなのは知ってるから、そーいう意味だって伝わればいいんスけど。デートもしたことないんじゃあ、ちゃんと言わないとわかんねーのかな。
デートして合わなかったら断っても、なんて、言った時はマジでそう思ってたけど、腕の中で真っ赤になるななこさんなんて見てたらそりゃあ気も変わる。
押しに弱そうだから、押したらイケるんじゃあねーかなんて、悪いオトコかもしれねーけど、どんな悪人になったって、この人が欲しい。

「…あの、離し…て…」

「離したら、ななこさんち連れてってくれんの?」

ズルい台詞だなぁと自分でも思う。この人の弱い部分につけ込んでるのは承知だ。でも、俺はななこさんを幸せにしてやりたいから、そのためには仕方ないんだと、屁理屈にもならない理屈で納得して、彼女の許可を待つ。

「…私の家なんて、来ても楽しくないよ…」

「オトコが女性の一人暮らしの家に行きたいっつったら、そりゃあ楽しーコトがあんでしょーよ。」

何にもしないから、なんて嘘をつかないのは、せめてもの優しさだ。…断れないななこさんには、嫌がらせだったかもしんねーな、と、泣きそうになっちまった彼女を見て思う。それでも、俺はその言葉を冗談になんかできない。

「…そ、れって…」

「そのままの意味っス。…いくらアンタが処女だって、子供じゃあねーんだから、わかるだろ?」

「しょっ、…な、なんてこと言うの…ッ!?」

目を白黒させるななこさんを、さらにぎゅうっと抱き締める。キャパオーバーしたのか、ついにななこさんは俺の胸を押した。

「…連れてってくれないんスか…?」

「…う、…だって…」

しょんぼりと(もちろんわざとだ)ななこさんを覗き込むように背を曲げれば、彼女は真っ赤な顔で、俺の視線から逃げるみたいに俯いた。

「…ねぇななこさん。」

「…なに、仗助くん…」

視線を逸らしたままのくせに、律儀に返事をするところが可愛い。押し切られちまうだろうことが彼女だってわかっているはずなのに、どうして逃げ出さないのだろう。俺はもう、抱き締めても手を繋いでもいないのに。

「…家に着く前に、ココロの準備しといて。」

で、アンタの家どっち。
まるで死刑台に向かう囚人みたいな足取りで、家路を辿り始めたらしいななこさんの後を、看守よろしくゆっくりと追い掛けた。


20170313
拍手コメントくださった方ありがとうございました!!!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm