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臆病者は愛を紡ぐか

「臆病者はその背に追いつくか」
「臆病者の縋る手は」の続き



家に帰るのに、こんなに重い足取りだったことなんてない。

背後の大きな影が、私の足を掴んでいるんじゃあないかって、思う。
確かに、背が高くて綺麗な子だなぁとか、よく笑うし、生き生きしてていいなぁとか、羨望と多少の好意は私の中にあったように思う。今となっては、それを探す余裕なんてないけれど。

逃げ出してしまおうか。でも、追い掛けられたら。恐怖なのか不安なのか、それとも期待なのか。自分の気持ちを整理する隙すら与えられず、こんなことになってしまった。考えるなら今なのかもしれないけれど、心臓がうるさくてどうしていいのかわからない。ただ緩慢な足取りで家の方向に歩く。仗助くんは、何も言わない。

足が止まる。私の背に、仗助くんが胸を付ける。
抱き締められるんじゃあないかと身体を固くしたけれど、頭上からやけに優しい声が降ってきただけたった。

「…アンタが…俺のこと嫌いなら、おれ、このまま帰るっスよ」

言葉を継ぐ度に、背中にくっついた仗助くんの腹部が揺れる。「嫌いなら」なんて、仗助くんはズルい。
私は、誰かに嫌われることが何より怖いから、仗助くんを嫌うことなんてできないのに。

ぐ、と拳を握り締めた。なんの解決にもならない。
頬が熱い。私は泣いていないだろうか。
だめだ。ぐちゃぐちゃだ。振り向いて、縋りつけたらどれほどか楽になれるのかもしれないけれど、生憎私の体は石のように動かない。

「…俺は、ななこさんが好きっスよ。」

意味がわからない。好かれる要素なんて微塵も無いのに。私が尚も黙っていると、仗助くんは私の手を掴んで歩き始めた。引き摺られるように彼の隣を歩く。

「…家、どこ。」

「…あそこの、アパート」

あぁ、私は馬鹿なのだろうか。
それとも、彼が好きなのだろうか。

*****

ななこさんが指した建物の階段を上がる。
玄関先まで来ると、彼女は心底困り果てたような泣き出しそうな顔で少しだけ俺を見た。そうしてまた、真っ赤な頬を下に向ける。

「…それじゃあ、俺、帰るね」

「…え?」

安堵と不安の入り混じったなんとも表現し難い表情で、彼女は俺を見た。ねぇ、それじゃあ期待してたって言ってるようなもんじゃあねーの。

「…なに、入れてくれんの。」

「……」

彼女はまた困ったように俯く。俺はななこさんの顎を掴んで、上を向かせた。驚きに見開かれた瞳に視線を合わせる。

「…キス、するから。それで決めて。」

「え、そんなの無ッ、ん…ぅ…!」

ななこさんは驚いてぎゅうっと目を閉じ、唇を引き結んだ。あぁ、この人はキスも初めてなんだろうか。早く開いて、と言わんばかりに唇を舌でなぞれば、その度にびく、と身体が震える。ゆっくりと背中に腕を回して、胸に引き寄せた。

「…ッ、は…」

苦しくなったのか酸素を求めて開かれた唇の間に、舌を捩じ込む。逃げ惑う薄い舌を捕まえれば、ななこさんは「ん、」と鼻に抜ける甘ったるい吐息を漏らした。
唾液の混ざる水音が、安っぽいアスファルトに落っこちていく。ななこさんの身体も、おんなじように崩れ落ちそうになるから、回した腕に力を込めた。

「ッ…大丈夫っスか?」

唾液に濡れて光る唇がエロい。思わず腰を押し付け、もう一度唇を重ねた。

「…じょ…すけく…」

「…だから、アンタのことが好きなんですって…嘘じゃないの、これでわかるだろ?」

ななこさんの柔らかな身体に、既に勃起しきった下半身を押し付ける。俺の欲望を目の当たりにしたななこさんは体を強張らせて、細い息を吐き出した。

「嫌なら嫌って言えばいいんスよ。…そんじゃないと、俺…」

彼女は今にも泣き出しそうな顔をして浅い呼吸を繰り返すばかりで何にも言わない。それは優しさなのか狡さなのか、それとも俺がそうさせているのか。

もう一度抱き締めて耳元で「大好き」と囁いた。何も言わない彼女を抱き上げて、クレイジーダイヤモンドでドアを壊す。玄関に自分の靴を脱ぎ捨てて、そのまま彼女の部屋へ。
ワンルームの半分を占めるベッドの上に、靴のまんまの彼女を下ろす。

「なぁ、何にも言わないとこのまんま襲っちまうぜ?」

据え膳、という表現がしっくりくるような状況。まぁ作ったのは俺だから厳密には違うような気もするけど、美味しく食べるって結果は一緒だ。

「…靴、」

消え入りそうな声で彼女は言った。靴、ってアンタ、流石にそれはねーだろ。
俺はななこさんの足を持ち上げて靴を脱がすと、薄いストッキングに包まれた爪先に唇を落とした。彼女は短い悲鳴を上げたけれど、俺を蹴ることを危惧したのか暴れたりはしなかった。それをいいことに靴を放り投げ、そのままふくらはぎへと唇を移動させる。

「や、ぁ…じょうすけくんッ…」

「靴だろ?…脱がしましたよ。…服も脱がしていい?」

「…だめ…っ…」

あ、でもストッキングは邪魔だから脱がすね。と言えば、ななこさんはぎゅうっと瞳を閉じて首を横に振った。ここまで来といて今更ダメなんて、そっちの方がダメっスよ。

「じゃあ、さ。キスならいい?」

ななこさんを組み敷いて、指先で頬をつつく。返事がないのでそのまま唇を押し付けた。すげー柔らかいし、ななこさんのいい匂いがする。

「…じょうすけくん…」

「なに、ななこさん。」

服の裾から手を差し込んで脇腹を撫でると、ななこさんは湿り気を帯びた可愛らしい声を上げる。それが恥ずかしいらしく、彼女は慌てて両手を唇に当てた。抵抗するつもり、ねーのかな。

「…ひぁ、っん、んッ、」

「…嫌ならちゃあんとテーコーしてくんねーとダメっスよ。」

撫でるたびに吐息が漏れて、不安に塗れた瞳が揺れる。それでもななこさんは、拒絶の言葉を吐かない。

「ねぇ、俺…アンタのことすげー好き」

薄い肌の下の肋骨をなぞるように撫でる。大切にしたいとか、ぐちゃぐちゃにしたいとか、いろんな気持ちを押し込めて、何度も何度も。

「…怖いこととか、痛いことがしたいわけじゃあないんス…」

彼女の唇に乗せられた手の甲に口付ける。ななこさんがなにも言わないのをいいことに欲望をぶつけるのは悪いことだろうか。

「…ッんんっ…ぅ…」

「…手、取って…声聞かせてよ。」

指先を唇で食む。俺の手はななこさんの下着の隙間から、柔らかな膨らみを捕まえた。

「ん、ッ…は、ぁっ、じょうすけく…」

ななこさんは押さえていた手を離して俺の名前を呼んだ。それだけで頭が沸き立つみたいな感じ。初めての時だって、こんなに興奮してなかったと思う。

「…好き。ななこさん。」

胸の頂の、ほんの僅かに硬くなっている部分を指先でそっと押し潰す。ななこさんはびくりと身体を跳ねさせ、俺にぎゅうっとしがみ付いた。マジかよ。

「っあ、…はッ、ん…ぅあ、」

「…ねぇ、コレ、気持ちいいの?」

俺の指先に合わせて、可愛らしい声が漏れる。泣き出しそうな顔で、そんな気持ち良さそうな声上げるなんてホントずりーの。

「ッう…ぁっ、あ、じょ、すけく…」

「大丈夫っスよ、怖くないから。」

空いた手でそっと髪を撫でる。ななこさんが恥ずかしそうにぎゅうっと目を閉じたので、そのまま口付けた。
薄く開かれた唇を割り開き、戸惑う舌を絡め取る。ななこさんの指先が俺の襟足をくすぐるように蠢くのは、「やめて」なのか「もっと」なのか。

「…んぅ、ッは、ぁ…」

名残惜しく思いながらも唇を離すと、彼女は濡れた口元をだらしなく開いたまま、必死に酸素を取り込んでいた。彼女が呼吸に夢中になっているうちにスカートの裾から手を差し込み、ストッキングのウエストを引き下げる。

「…やっ、あ、」

「なんで、嫌なの?」

ななこさんは俺の問いかけには答えず、ただ涙で瞳を潤ませる。「怖い?」と再度問いかけると、彼女は小さく頷いた。

「嫌じゃあねーんなら、仗助くんに任せてくれりゃあ大丈夫っスよ!」

あまりの嬉しさに、場違いなほど弾んだ声が出た。ななこさんはびっくりした顔で俺を見ると、また顔を真っ赤にして、俺の首筋に縋り付いた。俺は彼女を安心させるように口付けを送りながら、柔らかな内腿を撫でる。

「んっ、ぅあ…ッ、じょーすけ、くんッ…」

「すげー可愛い。…ホント好き」

下着の上から指先を這わせると、ななこさんは両脚を擦り寄せるように力を込めた。そんなことしたって何の抵抗にもならないのに。
ツルツルとしたサテン地の上を何度もなぞればななこさんは吐息混じりの可愛らしい声で俺の名前を呼んだ。待ち切れない下半身が痛いほど主張して俺を急き立て、今にも突き破りたい衝動を必死で抑える。

「…ななこさん、力抜いてて、」

「ぅあ、んんっ!」

下着をずらし、ゆっくりと指先を沈めると、ななこさんは背をしならせ声を上げた。
ぷちゅ、と水気を含んだ音を立てながら、浅いところでゆっくりと抜き差しを繰り返す。ななこさんは戸惑いながらもその表情を快楽に蕩かし、俺の指をきゅうきゅうと締め付けた。

「…初めてなんだろ?…痛くないの?」

「んぁ、ッは…ぁっ、へーき…ッ…」

まさかここで答えが返されると思っていなかった俺は、完全に油断してた。平気ならこのまま突っ込んじまったっていいだろうかとか、ここに来て肯定なんて求められてるんじゃあねーのかとか、色んな思いが一気に駆け巡って、我を忘れた。

「やっ、うぁッ、じょうすけく、ッ…くるし…」

気付いたら俺はななこさんの中に自分を捩じ込んでいる最中で、目の前には涙をぼろぼろ流した彼女の顔があった。しまった、と思ったところで止められるはずもなく、吐息と一緒に謝罪を落としてそのままななこさんの体内に押し入った。

「…ッごめ、…大丈夫っスか…?」

心配になって彼女を見れば、苦しげに浅い呼吸を繰り返しながら、涙に濡れた瞳をこちらに向ける。視線が絡むとななこさんは真っ赤な顔で、恥ずかしそうに俺の名前を呼んだ。それだけで、股間に更に血が集まるのがわかる。

「悪いんスけど…俺、ぜんぜん余裕ないっス…」

「っく、あぁッ」

腰を引くと、ななこさんは俺に縋り付いて声を上げた。それだけでもうなんか煽られちまって、俺はななこさんを気遣うこともできずに欲望のまま腰を打ち付けた。

*****

「…ッ…ななこさ…」

コトが終わって冷静になった俺は、なんてことをしちまったんだ、と絶望にも似た気持ちを抱えて彼女の名前を呼んだ。

「…ッう、…」

ななこさんは俺の首筋に回していた手を解くと真っ赤な目元をごしごしと拭った。ぐす、と鼻をすする様が痛々しくさえ見えてしまって、掛ける言葉も見つからない。

「…すんません…俺、ッ…」

「…なんで、いまさら謝るの…」

後悔してる、の…?なんて消え入りそうな声を聞いて、思わず彼女を抱き締めた。

「んなワケないでしょーよ!」

「…ッ!?」

ななこさんは目を白黒させながらもまた頬を真っ赤にして、仗助くん、と俺の名前を呼んだ。

「俺、本当にアンタが好きで…優しくしたかったのに、抱けたのが嬉しくて…」

無理させてすみません、と抱き締めたままの首筋に言葉を落とせば、細い指先が俺の髪をおそるおそる撫でた。

「…ねぇホント俺、マジでななこさんのこと好きなんス…俺のものになって…俺に、責任取らせてよ…」

願うような言葉に、まさか返事が来るなんて思わなかった。ななこさんは真っ赤な顔で俺にしがみつき、本当に小さな声で「ほんとに、私でいいの?」と問いかける。

「あったりまえっスよ!…ななこさん大好き!」

ぎゅうっと抱き締めると、ななこさんはまた恥ずかしそうに頬を赤くした。無理矢理押し切っちまった感は否めないけど、結果オーライなんだからまぁいいだろって思う。

でもせっかくだから、と俺は、真っ赤になるななこさんの耳元で囁いた。


「ねぇ、せっかく恋人になったんだからさぁ…、俺のこと『好き』って言って。」


20170321


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm