心の広い方向け。
康一くん誕生日夢(康一くん夢とは言っていない)
この人が他人のために何かしようなんて、嵐でもくるんじゃあないだろうか。ななこはそう思いながら目の前の男のグリーンだかブルーだかわからない唇を見つめた。
「康一くんの誕生日パーティーをしよう。」
それはおおよそ普段の彼からは信じがたい言葉。目を丸くする彼女を意にも介さずその男、岸辺露伴は続ける。
「君はクソッタレ仗助とバカの億泰に声を掛けてくれ。くれぐれも康一くんには内緒にするんだ。それと、プッツン由花子にも黙っていろよ。」
そうして今日ななこを呼び付けた理由もそのためだと彼は述べた。目の前に出された高級そうなケーキは報酬のつもりなのだろう。彼女はそのケーキに手をつけてしまったのを少しばかり後悔したが、今更返すわけにもいかず、甘いものに罪はないのだと心の中で言い訳をしてたっぷり乗ったフルーツにフォークを刺した。
「…それは、私もカウントされてるってことですよね…?」
「当たり前だろう。」
こちらの予定はお構いなしといった様子に辟易しつつも、普段から露伴を慕い恋愛相談に乗ってもらったりしているななことしては、彼が友人と呼ぶ少年のために何かしたいのなら日頃のお礼も込めて手伝ってあげたい、と妙な使命感に駆られて「任せてください!」と胸を叩いた。
*****
「…あの露伴がァ?」
凛々しい眉を歪ませて、東方仗助は言う。思いの外大きな声だったので康一に聞かれやしないかとななこは慌てて人差し指を唇に当てた。
「うん、康一くんには内緒で準備したいんだって。」
先生は康一くんのこと親友だって言うし、祝いたいんじゃあないかな。とフォローしても、仗助の眉間の皺は依然深いままだ。
なーんかウラがありそうっスよねぇ…と呟きたいのを堪えて、仗助はななこを見詰めた。縋るようにこちらを見る姿はつい虐めたくなってしまうが、そんなくだらないことで嫌われても困る。なにせ彼はななこに淡い恋心(と下心)を抱いているのだ。当の彼女は全く気付かずに、呑気に漫画家の家に遊びに行ったりしているが。なぜななこがあんなにも露伴に懐いてしまったのかは仗助には分からない。彼女がピンクダークの少年の熱烈なファンであるせいで、露伴に対してもある種のフィルターが掛かっているのではないか、とは康一の弁だ。
「…だめ?」
「…それ、勿論ななこも行くんだろ?」
上目遣いの可愛らしさに高鳴る胸を抑えながら問えば、こくこくと何度も頷くななこ。
「うん、億泰も誘ってって言われてる!」
「…そんならまぁ…いいけどよー。」
「ありがと仗助!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶななこを見て思わず頬が緩む。こんなに可愛かったらそりゃあ誰だって構いたくなるよなぁと、彼女を呼び付けたであろう漫画家を思って歯噛みする仗助だった。
*****
「…んでよォ、康一にはいつ言うんだよー。」
「わかんないけど、私には「内緒にしろ」って言ってたから…露伴先生が誘ってるんじゃあないかな?」
誕生日当日、彼等は連れ立って岸辺邸に向かっていた。道すがら億泰がそう問えば、ななこは困ったように首をかしげる。彼女は自分たちを誘えとしか言われていないらしいと知った仗助が、本当に大丈夫なのかと問う。
「とりあえずさぁ、行けばわかるよ!」
呑気に笑う彼女を見て、そういやななこは康一とはあまり親交がなかったなと仗助は思った。それが由花子のせいであることを呑気な彼女は知らないだろうとも。
ぴんぽん、と指先で軽快な音を立てれば、程なくしてゆっくりとドアが開いた。家の主は普段どおりの仏頂面で「入れよ」と一言告げる。3人は各々で家に入る謝辞を述べるが漫画家はその言葉には興味がないと言わんばかりにリビングへと向かった。
「うわ、すっげー。」
テーブルに所狭しと並ぶ料理を見て思わず感嘆の声を上げたのは億泰、次いでななこがはしゃぎ回る。
「すごい先生!これ先生が作ったの?」
「まさか。ケータリングってやつさ。」
「なにそれ?」
きょとんとする二人にケータリングなるものの説明を始める露伴を、仗助は怪訝そうに見つめる。
「んでよォ露伴、当の康一はいつ来るんだよ。」
そう声を上げると露伴はちらりと仗助に視線を投げかけ、唇の端を持ち上げた。その表情に心がざわつく。仗助が眉を寄せるのに気づかぬ振りをして、露伴は言葉を紡いだ。
「実は、まだ言っていないんだ。驚かそうと思ってさ。」
そう言うと携帯電話を取り出し、今呼ぶよ、と康一にダイヤルする。スピーカーモードにしたらしく、呼び出し音が響く。その場にいる全員が、携帯を見つめた。
「…はい。」
数コールで見知った声が電話口から聞こえる。露伴は普段と変わらぬ調子で、彼を誘った。
「あぁ、康一くんかい?…今からうちに来なよ。」
「…え、あの…露伴先生…今日は…」
戸惑った康一の声が遠ざかり、ガサガサという音の直後、甲高い声に代わる。
「康一くんの誕生日は私が祝うんだから、邪魔しないでちょうだいッッ!!!」
4人が圧倒されているうちに、電話はぶつりと切れた。静寂を破ったのは仗助の溜息。
「…そりゃあそーっスよねぇ。」
山岸由花子を知っている者なら至極当然の反応だ。稀代の馬鹿と言われる億泰までもがうんうんと頷き、由花子の事をあまりよく知らないななこだけが、なにが起こったかわからないと言った表情で呆然と立ち尽くしている。
「…プッツン由花子め。まぁ仕方ないか。」
この中では一番、由花子の怒りを受けているであろう露伴にその想像がついていないわけがない。ならどうして俺たちをここに、と、仗助は想像よりずっと切り替えの早い漫画家を怪訝そうに見つめた。
「…せんせい…」
不安そうなななこが小さく名前を呼ぶと、露伴は、いつものことさ、と彼女を安心させるように笑いかける。その仕草にどうにも納得がいかない仗助が口を開こうとするより早く、彼はななこに向かって言った。
「主役がいないんじゃあ何を祝ったらいいかわからないな。…ななこ、何かめでたいことはないのか?」
もしやこれは俺に対しての牽制なのか、と仗助は不安になる。ななこと付き合い始めたのを俺たちに祝わせるつもりじゃあねーのか、と露伴を睨みつけたが、露伴はその視線を軽くいなしてニヤニヤするばかりだ。仗助の態度には露ほども気付かない億泰は期待に満ちた顔で、ななこに何かめでてーことでもあんのかァ?なんてのんきな台詞を吐いている。
仗助は不安な面持ちでななこを見つめるが、彼女は予想に反して、露伴の言葉に戸惑いを見せた。
「…なんにもないですよぅ…めでたいことなんて…」
「…へぇ、じゃあぼくが作ってやろう。ヘブンズドアー!」
「ちょ、露伴ッ!?」
仗助の制止よりも露伴がななこを本にする方が早かった。ぱらぱらと捲れていく彼女に思わず釘付けになってしまう。
「…気になるみたいだなァ、東方仗助。」
「…ッ、露伴ン!」
図星を指されて二の句を継げない仗助を余所に、露伴は倒れ込むななこを抱きかかえるようにしてページを捲る。そうして何やら驚いた顔をして、しばらく考える素振りを見せてから彼女を元に戻した。
「…ん。…え、?」
わぁ先生ごめんなさい!と頬を染めながら慌てるななこ。露伴が彼女の顔を覗き込み耳元で何かを囁くと、その顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
小声で非難の言葉をかけるななことそれをあしらう露伴がまるで恋人のように見えて、仗助は心中穏やかではいられない。
「…いーかげんにしろよ露伴テメェ。」
ぐ、とななこの肩を掴んで引き剥がすと、彼女は戸惑ったように真っ赤な顔を伏せ、露伴はさも楽しそうに告げた。
「ハッ、せっかくぼくがこの気に食わないクソッタレにめでたい話をしてやろうってのに、その扱いはないんじゃあないのか?」
「…なんスかそれ。」
「…ななこに聞いてみなよ。」
でもまぁこれで、料理も無駄にならずに済んだわけだ。なんて含みのある言い方をしたところでおおよそ理解できない馬鹿が声を上げた。
「センセーよォ、俺にはひとっつもわかんねーんだけど!わかるように説明してくれよォ〜!」
「だからななこに聞けって。ぼくが言ったら面白くないだろ。」
傍観を決め込んだらしい露伴はどっかりとソファに腰を下ろし、スケッチの準備を始めた。状況の飲み込めない仗助と億泰は、ななこを見つめることしかできない。当のななこはと言えば、真っ赤になって俯いたきり微動だにしない。
「…なぁななこよぉ、露伴に何言われたんだ?」
「…言えないよ…」
「おめーが困るようなコトなら、俺らがなんとかすっから…」
腰を屈めてななこの顔を覗き込めば、拒否するように顔を背けられる。露伴の時はそんな事しなかったくせに、と仗助はやり場のない怒りに唇を噛んだ。
「でもよォ、仗助にめでたい話だろ?なんでななこが出来るんだ?」
億泰が零した疑問に、ななこがおそるおそる顔を上げる。もしかして、とでも言いたげな期待のこもった視線を露伴に投げかけると、彼は彼女を促すように小さく頷いた。
ななこは意を決したように唇を開き、小さな音を零していく。
「…それは…私が、仗助のコト、好き…だから…」
「…マジ、?」
マジかよ、と再度呟く仗助に、小さく頷くななこ。露伴はそんな二人をニヤニヤと眺めながらペンを走らせ、億泰は思考が追い付いてこないらしくぽかんとしている。
「…俺も、…ずっと…」
仗助は思わずななこを抱き締めた。ここがあの岸辺邸であることも、彼がスケッブックにペンを走らせていることも忘れて。
柔らかな身体を腕に抱き、耳元で好きだと囁いたところで、スケッチを終えた漫画家の声で現実に引き戻される。
「…オイ、ここはぼくの家だってこと忘れるなよ。」
「…ッ、!」
慌てて身体を離すと、からかうような笑みを浮かべた漫画家がこちらを指しながら「モデルの片方がクソッタレだってことは気に入らないが、まあまあいい絵が描けたぜ。」と宣った。
「…良かったじゃあねーか!ななこ、仗助!」
ようやく事態を理解したらしい億泰が満面の笑みでもって、めでたいことあって良かったな!とお祝いムードを盛り上げる。
「…おぅ、サンキューな、億泰。」
「ずりーぜェお前ばっかり!」
なんとも気恥ずかしい仗助ではあるが、親友はお構いなしに背中をばしばしと叩いた。そうしているうちに自分のモテなさを思い出したらしく、涙目になっている。
ななこは戸惑いつつも、「これからよろしくね」と笑顔を見せ、それを見た仗助は、露伴が何を思ってこんなことをしたのか分かんねーけど、結果オーライってことで許せそうだな、などと呑気なことを思いながら二人の門出を祝うべく、テーブルのグラスを手に取った。
*****
「…ねえ先生、なんで私が好きなのが仗助だってわかったの?」
「…ぼくが漫画家だからだ。」
「…そっか、流石せんせーだね!」
グラスを傾けながら問いかけるななこに露伴は曖昧な笑顔でそう返すと、ひとり小さく呟いた。
「…ぼくはクソッタレの失恋を祝ってやるつもりだったのに。」
20160328 康一くんおめでとう!
(全然出てこないけど)