幽霊としてななこの部屋に住み着いて暫く経った。
最初は距離感が上手くつかめなくて、ななこに霧吹きで水を掛けられたりしたけど、最近はお互いに色々慣れてきた気がする。
僕が『幽霊』ってやつに慣れたってのもある。
せっかくななこの部屋にいるんだから、と色々試してみたんだけど、僕の意思で都合よく姿を消したりはできないらしい。
ななこには見えるし、僕の両親には見えない。霊感は遺伝だって言うしななこに見えるってことは彼女のご両親にも見えるのかな、って思ったけど、騒ぎになっても困るのでまだ挨拶はしていない。恋人になった暁には挨拶しなきゃいけないのかな、と今から心配ではあるんだけど。
ななこも僕を好いてくれているようで、時々寝言で僕の名前を呼んだりするから可愛くて仕方ない。
眠る時は「一緒には寝ないから、花京院くんはどっか行って。」って言うし、起きた時に僕がいたら「女の子の寝顔見るなんて悪趣味!」って霧吹きで水を掛けられるけど、照れてるだけだと思う。僕は良く彼女の寝顔を眺めているからよく分かる。すごく幸せそうな顔で、僕の名前を呼ぶんだ。
その度に僕は、彼女に口付けようと思うのだけど、許可もなくキスなんてするのもどうかと思うし、何よりファーストキスはロマンチックにいきたいからそっと指先で触れるだけにする。…と言っても、実際は触れないから僕の指先は彼女に重なってしまうのだけど。
触れる感触はないけど、ななこの唇に僕の指先が沈んでいく様はひどく官能的だと思う。
そんなこんなで、僕の幽霊としての暮らしは意外にも快適だ。
*****
「…おはよう、今日は早起きなんだね。」
僕がななこの部屋に行くと、彼女はもうセーラー服に身を包んでいた。
「おはよ、花京院くん。」
慣れた様子で挨拶を返して、彼女は鏡の前でスカーフを整える。ひらりとはためく清楚な制服姿と、先程までのパジャマで無防備に眠る姿とのギャップがたまらない。寝顔を知ってるのは僕だけだって、優越感。
「ねぇ、今日こそ聞かせてよ。」
最近の僕は毎朝、挨拶の後に同じ台詞を吐いている。彼女の口から『好き』の二文字を聞きたくて。
「…やだ。」
頬を赤らめてぷいとそっぽを向くななこは、やっぱり可愛い。その反応だけで僕のことが好きなんだなってわかるけど、やっぱりちゃんと聞いて、恋人になろうよって言いたい。できるならロマンチックにキスだってしたい。
「なんでさ。君のその赤い頬が答えみたいなもんなのに。」
「…だったら言う必要ないじゃない。」
そうじゃあないんだよ。君のその赤くて可愛らしい唇から紡がれることに意味があるんだ。そう力説すれば、彼女は見たことのない表情で僕を見た。
「…花京院くんって、意外と変態だよね…」
「失敬な。僕はただ君が好きなだけさ。」
僕は素直に愛情表現をしているだけだというのに変態とは酷い。
「デリカシーとかムードって言葉は花京院くんの辞書になさそう。」
ぷい、と背を向けて部屋を出てしまう。
多分朝食を食べに行ったんだろう。ななこは両親と食事をするから、僕は当然側には行けないわけで。
死んでみて思うことは、モノを食べる動作は生きることで、それは即ちエロスだ。だから僕はななこと一緒に食事をしたい。僕は食べられないけど、彼女が食べる姿を眺めたい。
学校では友人とお昼を食べるし、家には家族がいるし、まだその機会はない。
死んでなお彼女の側にいられるのは嬉しいと思うけど、僕はななこと恋人になりたいし、何より彼女に触れたい。
これだけ側にいるんだから、何か手があるはずだ…と、最近はそればかり考えている気がする。
幽霊ってやつは意外と不自由だ。
20151017
やりたい放題に見えて意外と不自由。
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bkm