「帰るんじゃ…なかったの?」
もう帰る、と仗助くんはいささか不機嫌に言ったはずなのに、私は今、彼に組み敷かれている。意味がわからず抜け出そうともがいてみたけれど、仗助くんに押さえ込まれてしまったら逃げられるはずもなくて。
「うるさいっスよ。」
低い声と、沈んだ色の瞳が怖い。その瞳とは対照的に上気した頬も荒い呼吸も、いつもの仗助くんとは違う。
彼は多分、怒ってる。どうして?
「…仗助くんっ、ごめ、私何かしたなら謝るからッ!」
「…なんでわかんねーのに謝るワケ?俺そーいうのキライっス。」
ふざけんなよ、マジで。と呟いた唇が眼前に迫り、そのまま合わされた。突然の感触に驚いて唇を開くと、隙間から舌が捩じ込まれる。絡め取られて吸い上げられ、水音が脳を揺らす。押さえ込まれた私に逃げ場なんてなくて、息苦しさで目の前が霞んだ。
仗助くんがわからない。
好きなのは私だけのはずだ。それなのにこんなに間近に仗助くんが居て、空想でしかした事がない口付けを降らされるなんて、どうしてこんな。もし仮に本気だとしたらいきなりすぎるし、揶揄うにしては酷すぎる。苦しくて苦しくてぎゅうと目を閉じたら、いつの間にか目尻に溜まっていた涙がぽろりと零れた。
「…ッ…」
「アンタはズリぃよ…」
俺のことなんてなんも知らないくせに、と彼は唇の中だけで呟いて、私をベッドに縫い止めた。ブチブチと聞きなれない音がしてボタンが毟られ、訳も分からないうちに服が剥がされる。外気に晒されたせいかそれともこんなことになっている恐怖か、鳥肌が立ち身体が震えた。
「仗助く、待っ…て!」
震える喉を叱咤してそう言えば、彼は忌々しげに「今まで俺の話なんて聞いてくれなかったのに、アンタの話なんて聞かねえよ。」と吐き捨てて露わになった私の肌に唇を寄せた。
「…っひ…ッ!」
べろりと舐められて喉が鳴る。視線を下げると仗助くんが私の胸に顔を埋めているのが見えた。信じられない状況に頭がぐらぐらする。肌を這う舌が何か別の生き物のようだ。
「…乳首…勃ってんね、」
「っうぁ、ッは…」
胸の頂を摘み上げられて背がしなる。なんだってこんな、とかやめて、とか色々言いたいことがあるのに、私の唇は甲高い声を上げるばかりでちっとも言うことを聞いちゃくれない。
「…ねえ、ななこさん。」
「っあ、…や…ぁッ…」
そんな目で見ながら、名前なんて呼ばないで欲しい。仗助くんの意図もわからないのに、私が勝手に都合のいい錯覚をしてしまいそうになるから。力無くかぶりを振ると、彼は意地悪く目を細め、私の脚の間にするりと手を滑り込ませた。
「…やだ、って言うならこれはなんなんスかね。」
つぷ、と指先が沈み込む感触に声を上げると、仗助くんはくすくすと笑った。何度も指を往復させ、濡れた指先を見せつけるように私の目の前に翳す。
「…っう…ぁ…」
顔を背けると、私の頬に濡れた指先が擦り付けられる。そうして仗助くんは、「これ全部、ななこさんのっスよ?」と笑って私のベタつく頬を舐めた。
「…な、ッ…んで、…っあ…」
「アンタが悪いんだから、なッ…」
言いながら仗助くんは私をぎゅうっと抱き締めてその剛直で貫いた。ろくに慣らされていないはずなのに、何故か身体の痛みは無く、ただただ熱かった。もしかしたら心が痛くてわからなかっただけなのかもしれないけど。
「っぅあ、ああぁッ…!」
こんな無理矢理されているのに、仗助くんだと思うだけで堪らない。浅ましく声を上げながらその逞しい身体に縋り付いた。
「…なんで、そんな気持ち良さそーにすんの、ッ…」
俺ヒドいコトしてんスよ、と少しばかり上擦った声が耳を擽る。それすら気持ちよくて声が出た。
「…ッじょ、すけ、くっ…あんっ…ぁッ、」
必死にしがみつきながら名前を呼べば、更に激しく奥を探られた。好きだからだと言ってもいいんだろうか。蕩けた頭では考えることなんてできない。
「…ななこさ、ンッ…」
「…んッ、あ、す、きッ…じょうすけく、好きっ…」
「っく、ぅあ…ッ、…ーーーッ!」
切れ切れにそう言った刹那、彼は声を上げながらぶるりと身体を震わせた。仗助くんが私の中でどくどくと脈打つのに合わせて、身体が勝手に彼を締め付ける。顔を見られたくなくて、仗助くんの広い胸にしがみついた。
*****
「…っはぁ、…は、ァッ…」
荒い呼吸が少しばかり落ち着いて、辺りの空気はだんだんと冷えていくけれど、私も仗助くんも何も話さない。どうしたらいいのかわからなくて、私の上に倒れ込んだ彼の髪をそっと撫でた。
「…ねぇ、さっきの…本当っスか…?」
おそるおそる掛けられた小さな言葉に、耳を傾ける。仗助くんはさっきまでが嘘みたいな力のない視線を遠慮がちにこちらに向けた。
「さっきの、って…」
返した私の声はカサカサに乾いていて、さっきまで大声で喘いでいたせいだと恥ずかしくなる。誤魔化すように小さく何度か咳払いをすると、仗助くんは心配そうに「大丈夫っスか?」と身体を起こした。
「大丈夫、ありがと…」
「ね、ななこさん。俺のこと…好きってホント?」
飼い主に捨てられた犬みたいな瞳。こんな仗助くん初めて見る。いつもは吠え掛かるくせに、無理矢理襲っておいて急にこんなのズルい。観念した私が小さく頷けば、彼は驚いたように目を丸くした。
「なんで、俺ッ…アンタにヒドいコトしたのに。」
「…そ、うだよ…なんでこんな…」
そうだ、なんだってこんなことをしたのか。私は仗助くんが好きだけれど、仮にそれがバレていたからって無理矢理犯していい理由にはならない。
「だって、アンタは俺のコト子供扱いしかしねーし、俺の話聞いてくんねーし、ホントムカついて…俺は!…俺はこんなに好きなのにッ…!」
言いながらきつくきつく抱き締められる。懇願するような声は普段からは想像もできなくて。いつもは大人びて見える彼が、今はまるで子供みたいだと思う。
「…嫌われてるんだと思った。」
「それはッ、ななこさんが言うから俺、傷付いてるんス!」
ぎゅう、と更に力が込められて苦しい。ギブアップの意味を込めて背中をぽんぽんと叩くと、彼は私の肩に手を置いて正面から向き合った。
「…じょうすけく、ん…」
至近距離から見ると本当に彼は綺麗だなと思う。凛々しい眉に通った鼻筋、色気のある厚めの唇、長い睫毛。紫掛かった瞳が私を真っ直ぐ見るから、恥ずかしくて視線を下げた。
「…すんません、俺…どうかしてた。」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉は、なんだか寂しげに聞こえて、胸が締め付けられる。
「…変なとこでイライラしちまうし、心配だって、させたくねーのに、上手くいかなくて…その上こんな、」
ごめんな、と言って彼は私の髪をそっと撫でた。大きくてゴツいのに、彼の手はとても優しい。
「…私こそ、ごめん。」
もしかしたら仗助くんは全然不良じゃないんじゃないかと思う。虚勢を張った姿を、勝手に私が勘違いしていたんじゃないか。だとしたら、私は彼の何を見ていたんだろう。
「なんでななこさんが謝るんスか!」
「…じゃあ、痛み分けってことにしようか。」
そう言って笑ってみせれば、彼は少しばかり考えたのち、言葉の意図を理解したのか嬉しそうに笑った。
「…じゃあ改めて言わせてもらうっス。」
キリッと眉を上げ、こちらを見る仗助くんの顔は晴れやかで、今までで一番格好いいな、なんて思った。
「ななこさん、好きです。俺と付き合ってください!」
20160113
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bkm