ああホント、イライラする。
なんなんだあの女。少しばっかり年上だからって、大人ぶりやがって。
「君はまたケンカしたの?」
「見てらんないよ」「危なっかしい」そんなことばっかり言いやがって。
俺のことなんて、なんにも知らないくせに。
*****
「あれ、仗助くん。」
「…なんスか。」
ななこさんと道でばったり出会った。
彼女は俺が眉を寄せたのに気づいて、小さく溜息を吐く。
「…普通さぁ、道で会ったらこんにちはでしょ?」
「…アンタが先に言えばいいじゃあないっスか。オトナなんだから。」
「…な、んでそんな喧嘩腰なの君は。」
同じように眉を寄せて、ななこさんは俺を見上げる。困ったような顔も嫌いじゃないけど、笑った顔が見てーなって思うのに。
「別に喧嘩腰なんかじゃあないっスよ。…アンタが俺のこと嫌いだからそんな風に見えるだけじゃあないんスかね?」
自分で言ってて悲しくなるような台詞。この人は俺の前では笑ってくれないから。
俺はちゃんとしてるつもりなのに、ちっともわかってくれなくて。それどころか子供扱いするから、どうしたってイライラする。それが伝わるから、ななこさんの表情も険しくなるっつー、悪循環。
「…君はさぁ、誰にでもそういう態度をとるわけじゃあないんでしょう?」
この間見かけたときはニコニコして優しそうだった、とななこさんは言う。その台詞はそっくりアンタに返してやる。億泰には可愛らしい笑顔を向けるくせに、俺に対しては困った顔ばかり。
「…その台詞は、そっくり返します。」
そう言うと彼女はとても困った顔をして、助けを求めるように瞳を泳がせた。生憎だけど億泰も康一もいない。
「…そう、かもしれないね。」
ぽつりと呟くと、哀しげに俺を見上げる。
「私、仗助くんにだけ優しくないかもしれない。」なんて考え込むように瞳を伏せて。
そんなことはない。
彼女はいつだって俺の傷を目敏く見つけて、お説教しながらも手当てしてくれる。その手があまりに優しいから、言葉も視線も、同じだけの優しさを求めたいって俺のワガママ。
今だって、黙り込んで視線を下ろしたのはほんの数秒。直後彼女はそれどころではないと言った風に俺の腕を掴んだ。
「…そんなことはどうでもいいから、その傷!ホントなんで君はいつも傷だらけなの?」
「…あー、まぁ…ちょっと…」
「…うち近くだから、おいで。」
有無を言わさず腕を引かれて胸が高鳴る。
ななこさんの手は俺の腕をしっかりと掴んで脇目も振らずに歩いていく。掴まなくったって逃げたりしない、けれどその手が嬉しくて俺は何にも言わずに引かれるままに歩いた。
「ちょっと待ってね、」
彼女はポケットから鍵を取り出してアパートのドアを開けた。どうやら一人暮らしらしい。「怪我の功名」ってのはこういうことを言うんだろうか、俺本当に怪我してるし、なんてくだらない考えが頭を過る。
「…お邪魔しまーす。」
玄関をくぐる際にそう言えば、ななこさんは少しばかり驚いた顔をした。別に普通のことだろうに、この人は俺を何だと思ってるんだろう。そんなに不良だって思うなら、無防備に家に上げたりしたら何かされるとか考えねえんかな。
「…そこ座って待ってて。」
小綺麗なワンルームにはシングルベッドとローテーブルが一つ。座布団もあるのに、彼女は何の躊躇いもなくベッドを指差した。
ホント、意味わかんねぇ。
「…なぁ、ななこさん?」
救急箱を持って来た彼女を呼ぶ。俺の側に立ち止まった彼女はびっくりしたように俺を見た。
「な、に?仗助くん…」
「…アンタ危機管理能力低いって言われねー?」
ぐい、と腕を引くと簡単にバランスを崩して倒れ込む。受け止めた身体は思ってたよりずっと華奢で柔らかかった。
「なっ…ちょ、なにっ!」
慌てて俺から離れるななこさんの顔は遠目でもわかるくらい真っ赤んなってて、なんでそんな顔すんだよって思う。本当ムカつく。
「…ごめん、重かったでしょ。怪我、痛くなかった?」
「ねぇ、俺に襲われちまうかもー…とか、思わねえ?」
立ち上がったななこさんの腕をもう一度掴む。彼女は飛び上がらんばかりに驚いて俺を見つめた。
「え!?なんで!…仗助くんこそ、よくうちまで付いてきたなーって、思ってるんだけど。」
言いながらななこさんは俺から視線を外して、救急箱の中から消毒薬やら包帯やらを取り出して、俺の前に跪いた。
「…なんスかそれ。」
「…だってさぁ、君は私のことキライでしょ?」
だから、逃げられちゃうかと思ってた。と彼女は少しばかり寂しげに言った。
その一言が、まるでナイフみたいに俺の胸を抉る。嫌いなんて、そんなことないのに。
「…ハァ?勝手に決めんなよ。」
俺の怪我だけじゃあ飽き足らず、気持ちまで決め付けるというのか。頭に来て思いっきり睨み付けると、ななこさんは悲しそうに目を伏せた。けれどその手は相変わらずとても優しく、俺の傷に包帯を巻いている。
あぁもう、意味わかんねえ。
「…だって、そんな怖い顔ばっかり…」
「それはアンタが、ッ…」
俺のことわかってくれないから、なんて子供みたいだと思って慌てて口を噤む。
どうしたらいいんだろう。多分俺もななこさんも、うまく噛み合ってないだけなんだと思いたい。
けれど、なんて言ったら俺のことちゃんと見てくれるかなんてわかんねーし、怪我の理由だってカッコ悪くて言いたくない。他人の怪我を治すために自分が怪我しました、じゃあいくらなんだって間抜けすぎる。そもそも彼女はスタンドなんて知らないから、信じてもらえるかだって怪しい。それならば、彼女が言うように不良同士で喧嘩したと思われた方がマシだと思う。
「…ごめん。…でもさ、心配だからあんまり喧嘩はしないで。」
ななこさんはそう呟くと、巻き終わった包帯の上をそっと撫でた。なんでアンタの手はいつだってそんなに優しいんスか。
「…心配なんかいらねーよ。」
胸が苦しい。他の誰かに見せる笑顔で、俺を見てよ。そんな困った顔ばっかりすんなよ。
させているのは俺だっていう事実を、どうしたら変えられるって言うんだろう。俺がもう少し大人だったら、何か違ったんだろうか。
「…そっか。」
彼女は寂しげに瞳を伏せた。俺といるとこの人はこんな顔ばっかりしている。あの億泰でさえ「ななこさんってさー、仗助といるときは態度違うよな。」なんて言うくらいだから、相当なんだろう。この間なんて、康一と二人で勝手に盛り上がる始末だ。
「…なぁ。ななこさん?」
小さく声を掛けると、ななこさんは勢いよく顔を上げた。俺が名前を呼ぶ度に、彼女は驚いたような顔をする。…たしかに普段は「アンタ」って呼んでる気がするけれど。そんなに驚くようなことじゃないだろ。億泰だって康一だって、彼女のことはみんな同じ呼び方のはずだ。
「なんで、心配なんかしてくれんの?」
そう問えば、彼女は瞳をあちこちに泳がせる。何か言いたげに唇を動かすけれど、言葉は見つからないようで、そうしている間にだんだんと頬が赤く染まっていく。
「…だって、…」
そう言ったきり、黙り込んでしまうななこさん。その姿はとてつもなく可愛かったけれど、同時に無性に俺を苛立たせた。
「…もうほっといてくれよ。」
俺に笑いかけてくれないならアンタの笑顔なんて無意味だし、こんなに心が乱れるだけなら構わないで欲しい。
本当は全部逆なのに、なんでこんな風にしか思えないんだろう。俺は自分の天邪鬼さにげんなりしながら立ち上がる。
「ほっとけないよ、仗助くん…」
心配そうな顔なんて、させたくないんスよ。でもきっとアンタは、言ったって聞いちゃくれないんだろ。
「俺もう帰るわ。…コレ、さんきゅーな。」
巻かれた包帯を見せながらそう言うと、ななこさんは幸せそうな顔で微笑んだ。
それを見た瞬間、動けなくなる。
鼓動が速くてうるさい。
なんだよこんな、一言お礼を言ったくらいで。アンタも、俺も。
20151203
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bkm